九十三.オークションの罠
ヴィオラさんを追いかけて部屋に入ると、別段飾られている訳では無くただの空間に机と椅子が乱雑に配置してあるだけだった。
浮浪者の体を成した男は、適当な椅子に腰を掛け手招きをして俺達を座るように促す。
ヴィオラさんがすんなり座った所を見て、特に畏る場面では無いと判断して俺達も素直に席に座った。
それを確認すると目の前の男は、自分の仮面を取り無造作に机へ置いた。俺達も同様に面を晒す。
端正に整った顔には歳相応の年輪が刻まれていて、四十歳半ばと言った所だろうか。目尻の小皺が良く似合うおしゃれオヤジといった顔をしている。服装は浮浪者のそれではあるが。
「それで、それで? 僕はこう見えても忙しいんだけど、どういった話なのかな?」
「その話をするにまずはこの者達の紹介をしなければ成りません」
ヴィオラさんが俺とメグミンに視線を移す。
「おれ……私はショウ。こっちはメグミンとチェキラです」
ヴィオラさん曰く、この浮浪者の格好をした目の前の男はウォータリアの王らしいので、俺達は言葉を選びながら簡単に挨拶を交わした。
「ふむふむ、ふむふむ。何やら畏っているようだ。もしかして、もしかすると、僕の事をばらしたねヴィオラさん?」
「あれだけの近衛兵に囲まれていて隠すつもりがあるんですか?」
「酷いな、酷いよ。僕は一般人として祭りを楽しみたいんだ! あまり口外はして欲しくないなぁ」
不満げな表情をしながら自身の思いを吐露する王様は、俺達を見やって釘を刺した。先程の人達はやはり、良く訓練された人達だったようだ。大体王様というのは城で政務に勤しんでいるイメージがあったがこの王様は自由奔放らしい。御付きの人達の気苦労が窺い知れる。
「ま、ま。与太話はこれくらいでね、君達は初めましてだね。僕はこう見えてもウォータリア王国の王で、アインゲール十八世だ。あっ、街中や今は僕をアールと呼んでよ」
アインゲール十八世こと、アール氏の陽気な口調に緊張が解け、俺達は「はぁ」の一言だけ返事した。その光景を隣で見ていたヴィオラさんは深く呆れた溜息を吐いていた。先程のヴィオラさんとの会話の流れから、もしかしたらお忍びで散策しているのではないかと思っていたが、やはりその通りのようだ。
「さて、さて。本当に僕は忙しいんだよ。明日の準備もしないといけないし」
わざとらしく頭を抱えて首を左右に振るアール氏に対して、ここだと言わんばかりに珍しくメグミンが声を上げた。
「その明日の事で話があるんです! オークションで子供が売買されているのを知っていますか?」
メグミンの問いに今度は額に人差し指を当ててわざとらしく考え込むアール氏。はっと何かを思い出して口を開いた。
「あれかな? あれの事だろうな。知っているとも言えるし、知らないとも言える。オークションに出品されるのは物だからね。人をモノとして扱うといった比喩や揶揄の類じゃないよ。並ぶ商品は正真正銘の物品なのさ」
言っている意味が分からず、チェキラを含めた俺達三人が顔を見合わせていると補足するようにヴィオラさんが呟いた。
「成程――虚物か」
「うろもの? それなんっすかヴィオラさん?」
チェキラが怪訝な表情をして聞き返した。俺も聞きなれない言葉に耳を傾ける。
「隠語だよ。虚物というのは、例えば壺でも宝石でも何でも良いから、オークションに出品するんだ。その出品物リストに本当に売りたいモノを紐づける事で、後ろめたいモノを公正な場で売る方法だよ」
「買う方は、その……隠された商品が何かわかんないじゃないっすか? どうやって品定めするんっすか?」
チェキラの最もな意見にヴィオラさんは僅かに口元を上げて満足そうに話を続けた。
「良い指摘だ。そもそも、この商法は限られた者としか取引しない。というか、出来ないんだ。予め買い手の要望に沿った物品は、出品物のどれに紐付けているか知らせておく必要があるからな」
「そうだとしたら、面倒臭くないっすか? 直接取引した方が煩わしく無いと思うんっすけど」
「その指摘も良い。しかしだ、その先の考えに至らなかったのは、商人としては減点だな。オークションと言うのが、肝だ。分かるか?」
チェキラは小首を傾げながら、う~んと唸りを上げていると、メグミンがぽつり呟いた。
「値段を競り上げれるから……」
その答えを待ってましたと言わんばかりに、ヴィオラさんは机を叩いて同調した。
「その通りだ! 良いねぇメグミンっていったな。うちの商隊に来ないか? チェキラよりも筋が良さそうだ」
冗談交じりにそう言ったヴィオラさんに、チェキラは頭を掻いて面目無さそうにしている。メグミンはメグミンでまぐれで当たっただけなのに、ドヤ顔を決め込んでいた。俺は話の続きが気になり、それと無く促した。
「それで競り上がると、どうなるんですか?」
「要するにだ。買い手は目当ての商品が出てきたら、競り落とそうと必死になるだろ? そこで出品者は客席に、何人か紛れて際どい値段で買い手と競う。そうすると、熱を帯びた馬鹿な買い手が大金を落とすって寸法だね。出品者側の利益は膨らんでいくばかり笑いが止まらないだろうねぇ」
「そうだね。そうだよ。メリットは売り手の出品者側だけじゃないんだよ。この時期に開催される祭り期間中だけのオークションというシチュエーションも魅力の一つ。遠方から来る貴族や富豪、素性を知られる事無く怪しい買い物が出来るって事さ」
あたかも知っていると言った口調で話すアール氏に、俺は食い気味に問いかけた。
「アール氏は知っていたんですか? 子供が売買されている事を?」
彼は隠す素振りも無く答え始める。
「僕は王だよ? 知らない訳がないじゃないか。それに、今日は堅苦しい見張りが何人もいるけどね。普段は一人で街中をぶらついているんだよ。この違いが判るかい?」
「もしかして!?」
メグミンと目が合い希望に満ちた声が重なり合った。
「だから言ったでしょ。僕はこう見えても忙しいって、一度やってみたかったんだよね。勧善懲悪って格好良さそうじゃない? ついでだから君達にも手伝って貰おうかな。人手は多い方が良いからね」
「もちろんです」
「当然、報酬は出るんでしょう?」
こうして、目的が一致した事により夜も更ける中、アール氏の勧善懲悪作戦会議が始まった。
更新遅くなりました。すみません!
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