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九.笛の音


 「ぴいぃぃぃぃぃぃぃ」


 笛の音の様なものが聞こえて俺は、はっと目を覚ました。月明かりは雲に隠れ、辺りは暗闇が支配していた。


 これか! とガイウスが言っていた事を思い出す。


 そういえば、村の子供達も夜中に笛の音の様なものが鳴り響き、この場所にいる住人は消えてしまうと噂していた。


 即座に近くで寝ていた柴田を確認すると、寝息をたてていた。俺は胸をほっと撫で下ろした。


 あんな話を聞いたから、聞こえてもいないものを夢と混同してしまったのだろうと、再び毛布に包まり寝ようとした瞬間。


 「ぴいぃぃぃぃぃぃぃ」


 聞こえた……今度は間違いなく聞いてしまった。


 ガイウスの話を知っているのは、カオル君と俺だけだ。カオル君がいない今俺が、ナッチャン達の安否を確認しなければいけないと思い。心を振るいあがらせゆっくり部屋を出る。


 建付けの悪い扉が不気味な音を響かせる。薄暗い中、蝋燭の明かりだけを頼りに、向いの女子部屋の扉の前に到着。ドアノブに手を掛けたところで、俺は動きを止めた。


 こんな夜更けに女子部屋に侵入するのは、如何なものなのかと考えを廻らせる。


 万が一、誰かが起きていて悲鳴でも挙げようものなら、たちどころに俺は汚名を着せられるのでは無いだろうかと考えついた。


 とりあえずは先に玄関の確認をするべきだと思い至り、ゆっくりと女子部屋から離れる。


 蝋燭の明かりを頼りに玄関の確認をしようと下階へ降りた。


 人が消えるなんて事は非現実的だし、けっして霊的なものが作用している。なんて思っていない。

 

 人為的に考えても玄関だろう。窓からの選択肢もあるが、わざわざ出にくい窓から出る意味がない。


 自分に言い聞かせるよう一歩、また一歩と足を運ぶ。その度に古くなった床板が不穏な音を奏でる。


 ようやく玄関に辿り着き、鍵を確認するとしっかりと掛かっていた。


 一安心かなと胸を撫でおろし踵を返す。今度は女子部屋に向う為、階段の方を振り返ると、床板が不穏な音を鳴らすのが聞こえる。


 ちょっと待てよ? 俺はまだ動いてはいない。が、正面の方から確かにぎしり、ぎしりと聞こえてくる。


 恐る恐る、僅かな光源の蝋燭を前に突き出すように照らすと、目を疑う光景が飛び込んできた。


 なんとそこには暗闇に溶け込みながら白いワンピース姿で前髪を垂らした女性が立っているではないか。


 俺は恐怖心の余り幻覚を視ているのだ。軽く目を擦り再度目をやると、確かに存在する。


 これは来る! きっと来る! 


 胸の鼓動が急速に高まっているのを感じながらも、その場から動く事が出来ない。そして再び――。


 「ぴいぃぃぃぃぃぃぃ」


 音が鳴り響いたその瞬間、物凄い勢いでその女性はこちら駆け寄ってくるではないか! 


 人間というのは、本当に恐怖を感じたときには声が出ないものなんだな。と思うのと同時に走馬灯のように今までの記憶が流れ込んでくる。


 お父さん、お母さん、不出来な子供だったけど産んでくれてありがとう。


 どしん、と胸元に女性がぶつかり、俺はその場に転がった。


 胸の痛みとは別に心地の良い感触が二つ感じられ、顔に近いところでは石鹸の良い香りがする。


 ふと、我に返り改めて蝋燭の明かりで確認すると、そこにはミズキの姿があった。


 先程までの、緊張から開放され一気に息を吐いた。どうやら、息をするのも忘れるくらい狼狽していたようだ。


 「まったく、脅かさないでよ。あの世に連れて行かれるかと思ったじゃないか」


 「……変な音が聞こえて、怖かった」


 泣きそうな声で訴えてくるミズキをなだめる。取り合えず話を聞いていると、例の音で目が覚めたミズキはドアノブの回る音を聞いて、柴田が襲ってきたと勘違いしたらしい。そのドアノブを回したのは俺だったんだが。それで別の扉から部屋を逃げ出した所に俺の姿を確認して追って来たそうだ。


 なんとも申し訳ない事をした。俺のせいで余計に怖がらせてしまったようだ。


 「ああ、ごめん。ドアノブ回したの俺なんだ。変な音が聞こえて皆の様子を確認しようとしたけど、流石に中に入る訳にもいかなくて……」


 謝罪を込めて一通り行動の理由を説明した。もちろんガイウスの怪奇話は伏せてだ。


 ついでに、ナッチャンやメグミンの様子も聞いたが、問題ないそうだ。


 「心苦しいんだけど、そろそろ戻らない?」


 俺はとても言いにくい事を正直に伝えた。ミズキの程よい大きさと感触の山は俺の身体で押しつぶされ。太ももはお互いに密着するように倒れこんでいるので、互いの体温を交換していた。


 こんなところをナッチャンに見られでもしたら、俺はここから出奔するしかないだろう。


 「ご、ごめん。重かったよね」


 そういうと、耳まで真っ赤に染まった顔を、前髪で隠しながら座りなおす。


 「そんな事ないよ。俺は邪念を祓うことで頭がいっぱいだったからな」


 セクハラじみた発言をすると、何の事? と、きょとんとした表情のミズキであった。


 「そういえば、以前川辺で話すときは変に距離が遠く感じたけど、あの時俺何かしたかな?」


 お花摘み問題で、一瞬嫌われるような事はしたが、その前から少し避けている印象のあったミズキにこの際聞いてみる事にした。


 「ショウ君は、ぜ、全然悪くない。私の問題だから」


 どうやら、ミズキは元の世界では高校生だったが、一度も行っていないそうだ。高校に上がる前までに男子達から執拗ないじめに合っていたらしい。


 最初は、言葉で責められたり態度で示されたりしていたが、徐々に暴力へとエスカレートしていったそうだ。


 それにより、性格を否定されてると感じ引っ込み思案になり、特に男性が近くにいると怯えてしまったのだ。進学して環境が変わったとしても、同じ目に合うんじゃないかと思うと、家から出られなくなってしまったという事だ。


 こちらの世界に来てからは、ナッチャンが心の支えとなり、世話を焼いてくれるので何とかなっているようだ。


 もう関係の無い事だけど国から届いた手紙の内容を聞くと、俺は就職関係についての内容だったが、ミズキはカウンセラーの派遣及び希望学校の転入だったそうだ。


 いじめか……前の世界ではニュースになっているのを、聞き流す程度だった。


 一昔前は、気に入らない事があれば一対一で殴り合い。互いにやるじゃないかと称え合い、意気投合する時代もあったそうだ。


 そんな事はさておき、実際考えると毎日顔を合わせれば罵倒され、蔑まれ、殴られ、物を隠され、その他にもSNSやネット等陰湿なケースもあるだろう。それらが終わりのないトンネルのように続けば肉体的にも精神的にも相当きついだろうなと思う。


 ただ、青年少女だけの話に留まらない。それは大人にも当てはまる事だ。


 誰からも救いが無ければ、もはやそれは絶望と言える。そんな中で自衛しようと思えば引きこもったりするのも一概にもいけないことではないのではないか?


 俺だったらどうするだろうと考えを廻らせるが、答えは出なさそうだ。


 「そうなんだ。上手く言葉に出来ないけど何か困ったことがあれば力になるよ」


 「……うん、ありがとう」


 ああ、そういえばさっき男性は苦手って言っていたばかりだと思い出す。


 「俺じゃなくても、ナッチャンとかメグミンでも良いと思うよ」


 「ううん、大丈夫。ショウ君は何か平気」


 そう、言い残してミズキは女子部屋の方へ帰っていった。


 一定の安心感をミズキは、俺に感じてくれたのだろうと嬉しく思いながら、俺は自室に帰り毛布に横たわる。


 いつの間にか、笛の音は聞こえなくなりあたりに静寂が戻った。


 あの音は何なのだろう? と、気にはなるが今の所、危険があるようには思えない。


 雲で隠れていた月が顔を除かせて、安らかな明かりに包まれながら再び眠りについた。


 

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