八十九.商人の裏稼業
正月休みで更新ズレました。申し訳ありません。
メイドリンさんは、自分の仮面をそっと取り外して苦悶の表情を浮かべていた。
樽から抱き抱えた少年を床に下ろすと、猿ぐつわの紐を緩めてやった。少年は俺に抱き着き、顔をくしゃくしゃに歪めて、むせび泣いている。
「もう一度、聞きます。これはどういう事ですか?」
喉から出る言葉で相手を殴り倒さないように、必死に心の奥から湧き出る感情を押さえた。
俺の問いかけに対してメイドリンさんは、顔をあげて目で威嚇してくる。
「あなたこそ何者だ! こうなっては仕方が無い、仕方が無いのだ」
彼はぐっと唇を噛み締めて、近くにあった火掻き棒を手に取り襲い掛かってきた。無我夢中で俺目がけて振り下ろしてくる。
くそっ! 俺が避けたら少年に当たる。少年を抱き抱えて、横に飛び距離を取る。
バカンッ! 大きな音と共に少年が入っていた樽に穴が開いた。メイドリンさんは本気だ、そう思うには十分な一撃だった。
続けて彼は、逃げた俺に再び襲い掛かって来る。手荒な真似はしたく無いけど、仕方が無い。腰に携えた刀をスラッと抜くのと同時に、火掻き棒目がけて横に一閃。
「ぐうっ、手が痺れる」
ギイィィィン。鉄と鉄とがぶつかり鈍い音が倉庫内に木霊する。メイドリンさんは手に走る重厚な振動に、耐え切れず火掻き棒を手放した。
軽くため息を吐いて、俺は刀を鞘に納めた。歩み寄る俺に対して、恐れ慄き手当たり次第に物を投げつけて来る。
まず、彼を落ち着かせないといけない、俺は仮面を上にずらして顔を晒した。
「落ち着いて下さいメイドリンさん。あなたに危害を加える気はありません」
「あなたは――!」
俺の顔を見たメイドリンさんの動きが止まる。荷馬車の護衛を頼む商人のメイドリンさんは、冒険者の強さをある程知っているのだろう。敵わないと見るや一気に戦意を失っていった。
助けた少年も気持ちを落ち着かせたようで、倉庫内に静寂が戻った。
「こいつが! 僕を樽に閉じ込めたんだ!」
少年の罵倒する声にメイドリンさんの肩が、びくりと震える。
「仕方が無い……仕方が無かったのだ。私にはもうこうするしか――」
彼は涙を流し、肩を震わせて静かに話し出した。
娘と二人で、この小さな商店を営んでいたが流行遅れからか、物品の売れ行きは芳しくなかった。辺りの金貸しから借金を抱えて首が回らなくなった時、ある貴族が手を指し伸ばしてくれたそうだ。
「さっき、橋の下で会っていた人物ですか?」
直感的に聞き返した。メイドリンさんは、はっと驚いた様子で続きを話した。
「あの時橋の上にいたのは、あなただったのか……。では、その後どうなったかも想像がつくだろう」
娘を担保に借金を肩代わりしてやるぞ。その申し出に対して、娘は率先して店の為にと貴族の元へ行った。娘を取り戻す為に、必死になって商売に励んだメイドリンさんだったが、そう上手くいかなかった。頭を抱えていた所に、またその貴族が声を掛けてきた。
『お前は薬学に精通しているだろう? もっと良い商売があるのだが、どうする?』
メイドリンさんは藁にも縋る思いで、この話に乗ったのだ。
当時を思い出し悲痛な面持ちを浮かべている。
「まさか、辺境で子供を攫ってこいなどと――」
少年は思い出したように捕まった経緯を話し出した。
「おっちゃんがくれたジュースを、飲んだら急に眠くなったんだ」
じゃあ、樽の中で眠っている子供達は、睡眠効果のある薬草を混ぜた物で眠らされているのだろう。
「橋の下では、今回が最後……そんな話をしていたようだけど?」
「ああ、その通り。過去に三回程、同じように子供を攫った。あの人は今回で借金は終わりだと言ったんだ。やっと、娘が戻って来るそう思っていたのに」
最後の言葉に先程まで抑えていた感情が噴出した。彼の胸倉を掴み勢いが余って壁まで追い込んだ。
「何言ってるんだあなたは! あなたが娘さんを思うように、この子達にもそう思う人がいるに決まっているだろ! なんで分からないんだ! それでもあんたは親なのか!」
数々の言葉を浴びせたのにも関わらず、彼は眉毛一つ動かさずに俺を冷たく直視する。
「酷い事をしているなんてのは承知の上だ。あなたに何がわかる? 勇者や聖人にでもなったつもりなのか?」
「くっ――。それでも……」
「人の道理に外れるのは良くない? そんなもの綺麗事で絵空事だ。私には他人の子供なんてどうでもいい、娘さえ帰って来てくれるならな」
冷めた言葉に自然と彼の胸倉を掴む手が緩む。この人に何を言っても無駄なんだと声色が教えてくれた。
せめて、この子達だけでも助けないと。
「過去に連れさった子供達はどこにいるんだ? オークションとは何なんだ?」
「私は会場に届けるまでが仕事だ。それ以上は知りはしないよ」
殴ってやりたい、そんなやりきれない思いが拳に力をこもらせる。
「子供達は冒険者ギルドに預ける。この子達をオークションなんかに連れて行かせない」
「それをされては私が困る。あの人の忠告通り、今回は早めに手配していて助かった」
彼は時計を確認しながら余裕の表情を見せる。先程までとは態度が違う。
おかしい……そう思った時にはもう遅かった。入店を告げる呼び鈴が奥の倉庫まで聞こえる。ぞろぞろと複数人の気味の悪い仮面を被った男達が現れた。
しまった! この樽をどこかに運ぶにせよ、メイドリン一人には荷が重い。必ず、誰か手伝いに来るのは、冷静に考えれば分かる事だった。
出口は無いか? そう辺りを見渡すも、倉庫内には窓一つ無い。出口は彼らに塞がれている。
仮面の男達の一人が声を出す。
「旦那、この者は?」
「計画がバレてしまった。この店から出すわけにはいかない」
仮面の男達はお互いに目配せをして頷いている。腰からナイフやら斧やらを取り出して、ゆっくりと歩み寄って来る。
俺を始末するつもりだ。一人、二人、三人か、俺の見える範囲で確認出来るのは三人。もしかしたら、店の外と玄関にもいるかもしれない。
対応に思案していると、後ろで小刻みに震える少年の姿が見て取れた。
くそ……。戦闘になればこの子も、どうなるか分からない。敵が何人いるかも分からない状況で、少年を守りながらというのは非常に難しい。
そんな事を考えていると、玄関先から物が落ちた鈍い音が聞こえた。
そして瞬く間に、俺に迫っていた男達が一人、また一人と倒れ込んだ。
「なんだ? 一体何したんだ?」
困惑した表情でメイドリンは俺に尋ねる。俺にも意味が分からない、勝手に男達が倒れたのだ。意味も分からず、呆けていると俺が床に置いた刀が宙に浮く。
すると、だんだんと視界に現れてきたのは、ウサギの仮面を着けた人物だった。
「メグミン! どうしてここに?」
「話はあとで! 逃げるよ」
そう言って俺に刀を放り投げてきた。それを受け取った、俺はせめてこの少年だけでもと、少年を抱えて走り出した。
突然の出来事に加えて、メグミンの威嚇によりメイドリンは飛び跳ねる様に道を譲ってくれた。
玄関先では仮面を着けた男が倒れており、店先には馬車以外に人影は無かった。
辺りはとっぷりと暗くなっていた。俺はずらした仮面を戻して、祭りの賑わいが聞こえる方へと走り去った。
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