八十四.小さな変化
あっという間に一年が経過しました。
一周年を記念して、ベネット村の日常を書いています。
「わぁ、雪だー」
カナミは白い息を吐きながら、白く塗り替えられた草原に自分の軌跡を残している。
僕はそれを眺めながら、手に一枚の紙を握っていた。
「ショウ達から~?」
玄関から厚手の毛布に身を包み、ナッチャンが出てきた。僕は手紙を見せながら、そうだよと頷いた。
ショウ達は無事にウィンティア王国に到着して、次にウォータリア王国に行くそうだ。
それと、柴田君が冒険者になる為に離脱したことが書いてある。
ウォータリア王国の件では、ショウがシンシア宛に送った手紙を、父であるレイク王が男女のやり取りだと怪しんで開封した事により、一部でてんやわんやの騒ぎになったそうだ。
レイク王は事情が事情の為、真に信頼のおける忠臣のみを王都に呼び出して解決案を捻りだそうとしていた。
ベネット村の領主アイザック卿も王都に呼ばれ、王都に到着した時に少し遅れてシンシア王女から手紙が届いた。
『国を巻き込む荒事にはならぬように努めますので、どうか早計な行為は慎まれますように。追伸、父王に置かれましては、私宛の手紙を開封している事は手に取る様に承知しております。帰国後私と特別な話し合いが必要になるでしょう』
それを読んだレイク王は、戦々恐々の表情をしていたのだとか。
領地に戻って来たアイザック卿は、騎士団長時代には良く合った事だと笑い飛ばして聞かせてくれた。
それから数週間後に僕の元にショウから送られて来た手紙を今読んでいると言ったところだ。
ショウ達が春ごろに出発して、早くも半年以上の月日が流れた。僕達の方にも少しばかり変化があった。
共に転移でこの世界に来た人達の中で、数組良い感じの人達がいる。既にお腹が大きくなり始めている人もいるから、ショウ達もきっと驚く事だろう。
始めこそ皆、心を閉ざしていたが、農作業生活を送るにつれて自分達の中で、何かを決めて前を向き始めている様に感じる。
「えいっ!」
べちゃりと服に白い球が当たり、じんわりと湿った。カナミが僕目掛けて雪玉を放って来たのだ。
悪びれる様子も無く、にかっと笑みを浮かべている。
「やったな! 待てー」
僕はナッチャンに手紙を預けて、カナミを追い掛けた。カナミは、愉快な笑い声を発しながら雪を巻き上げながら逃げ回る。
そんな僕達を呆れた様な顔でナッチャンは眺めていた。
「こらっ。捕まえたぞ」
カナミの両脇を抱えて持ち上げると、とても嬉しそうな表情を見せてくれる。
すると、いつもの巡回を終えた軍曹の小隊が近づいてくるのが分かった。
「あっ、軍曹のおじさんだ」
「雪合戦ですかな?」
「雪合戦って程じゃ無いけど、遊んでたのは確かだね」
経緯を説明すると、ふむふむ、なるほどと言って少し何かを考え込んでいる様だった。
「我が小隊とカオル殿のチームで雪合戦をしませぬか?」
どうやら、軍曹は雪の中だと通常の訓練が難しい様で、身体が鈍らない何か良い運動は無いかと模索していたようだ。
「雪合戦か? やった事無いからやってみたい」
そんな声が家の方から聞こえて来た。俺も、私もとぞろぞろ、家に居た転移組が外に出て来た。
「皆やりたいみたいだね」
「うむ、運動は良いものであります」
僕のチームの方が人数は多かったけれど、普段動き回っている軍曹達には勝てる訳も無かった。
軍曹は熱が入ったらしく、今からランニングだとかいって、そのまま小隊を引き連れて走って行った。
小隊の人達の憔悴した顔は、今思い出しても可笑しく思える。
汗と雪玉のせいで、僕達は全身湿っていた。家の方からナッチャンが声を上げている。
「ほら~、湯を沸かしておいたから風邪ひかない内に入りなさいね~」
こういう気が使える所が、ナッチャンの良い所で僕が好きな所の一つだ。
「さあ、カナミは僕と入ろうか」
「はーい」
僕達は冷えきる前に衣服を脱ぎ、湯船に身体を沈めた。体の芯から温まって自然と顔の筋肉も弛緩した。
ああ、そうそう。この湯船も、少しの変化の一つだ。皆湯船に浸かりたいと言い、じゃあ造ってみるかと試行錯誤しながら造り上げた。
材料は、チェキラにお願いして集めて貰ったものだ。そうだ、チェキラは先日ベネット村を出て、ウォータリア王国に向かうとか言っていたね。
タイミングが合えばもしかしたら再会出来るかも知れない。
僕達の方は今の所、そんな具合かな。
僕は湯船から上がった後、机に向かって手紙の返事をしたためていた。
「まだ、起きてるの~」
「カナミは?」
「もうぐっすり寝てるよ~」
カナミは昼間にはしゃぎすぎて、寝具に入った瞬間に寝息をたてたようだ。
そんなカナミを見ていると僕も急に眠気に襲われた。
「どうせ、手紙出すのは明日でしょ~」
「うん、そうだね。僕達も休もう」
そう言って、筆をおいた僕はナッチャンと共にカナミを真ん中に挟むように横になった。
互いの体温で温め合った熱気は、外気の寒さなど感じさせる事なく、心地の良い眠りを授けてくれた。
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