八十三.海猫商店
海猫商店の門構えは、大通りに面した煌びやかな他店と比べて、華やかさは無く老舗といった感じだろうか。人通りも少なく、お世辞にも繁盛しているとは思えない。
店先で突っ立っていても始まらない。俺達は、扉を開けゆっくりと店内へと入った。
カランカランと、入店を知らせる音が店内に鳴り響く。
店内を見渡すと人の姿は無い。すると、奥から忙しなく例の商人が姿を現した。
「いらっしゃいませ。この度は何をご所望ですかな?」
そう言って、俺達の顔を確認すると店主は、ああ、何時ぞやの。と、思い出した風だった。
「あの時は助かった、あんた達のおかげで無事に荷を運ぶ事が出来たよ。それにしてもその恰好は……? 最初に見た時、誰だか分らなかったよ」
「俺達も先日到着したばかりで、どこに行こうか悩んでいた所に先の言葉を思い出して――」
俺達の旅の目的とこの服装に対しての簡単な説明を店主にした。
「ああ、そう言った事情だったのか。改めて先日は早とちりで不快な思いをさせてすまなかった。そういえば、名乗っていなかったな私の名前は、メイドリンだ。何でも聞いてくれて良い」
そう言ってくれるメイドリンさんに対して、王都には、どういったものがあるのかを聞いた。
彼は、この王都での名物を次々と上げてくれた。まずは、ゴンドラでの遊覧、もう二日すると特別な祭りがあるそうだ。
その祭りは、『貴族地区』と『庶民地区』の垣根を越えて、皆が仮装をして仮面を被り過ごすそうだ。要は身分を隠し、貴族地区に遊びに行くのも良し、逆もまた然りという話だ。
元々ウォータリア王国は商人達が築き上げた都だという。
しかし、大きくなりすぎた都は、非合法の取引が横行していたそうだ。そういう経緯もあり統治者を求めた結果、現在のカタチになった。
ウォータリア王は、商売事に貴族も庶民も無いと言い。自由な商売が出来ていた昔を忘れない為に数か月に一度、その祭りを開いているという事だ。
「お前さん達は運が良い。祭りが始まってからだとこの王都に近寄る事も出来なかっただろう」
「それはどうして?」
「開催期間中は王都への出入りを制限されるからな」
メイドリンさんが言うには、祭りのどさくさに紛れて悪さを働く者がいたせいだと眉を潜めた。
「その祭りはいつまで続くんだ?」
「三日三晩だよ」
ミズキと楽しむには持って来いの話だと思い、俺は胸を躍らせて聞いたがメイドリンの返事を聞いてその思いは儚く消え失せた。
「あー、ミズキと行こうとしたんでしょ? 確か七日は掛かる筈だから丁度終わってる頃だよね」
メグミンは俺の心情を知ってか知らずか分らないけど、悪気はない表情で言っていた。メグミンが言う通り二日後から始まって三日で終わる。
ミズキと観て回れたら良い雰囲気なれたかもしれないと落胆するも後の祭りだ。
その様子を見ていたメグミンは、俺の肩を叩き自身を指指し、意地悪な笑顔で告げてきた。
「うちがいるのにその表情は頂けないなー」
ここでメグミンと祭りを楽しむのをわざわざ拒否する理由は無い。仕方ないと首を振り、メグミンの意向に沿う形になった。
そのやり取りを傍で聞いていたメイドリンが疑問符を浮かばせながら口を挟む。
「あんた達は恋仲じゃないのか?」
「そうだよ。うちは第二――」
メグミンがそう言いかけた所で、俺はメグミンの口を咄嗟に手で制した。今、第二夫人とか言い出そうとしただろ。何て事を言い出すんだ、話がややこしくなるだろ。それに俺はそんなつもりないからなと目で訴えた。
その様子をさらに不思議がったメイドリンさんだったが、男女の仲は複雑だとか何とか言ってそれ以上の追及は無かった。
「ああ、そうだ。助けてくれた礼がまだだったな。商品棚にあるもの、一つ選んでくれ。好きなのをあげよう」
そう言われて俺達は店内の商品棚に目を移した。改めてみると、ビンに入った茶葉のようなものが多く並んでいた。
「これはお茶なのか?」
メイドリンさんは大きく頷き、得意そうに話し出した。
海猫商店は、代々茶葉を取り扱っており、全国各地から様々な果物やハーブ、薬草を仕入れてきては独自にブレンドした茶葉を提供しているそうだ。
その中には、身体が温まる効果があったり、睡眠作用があったりと効果は様々で主に健康志向の商品だ。上客の中には個人の要望に応えて特注することも可能なのだとか。
「どれが良いか迷っちゃうね」
メイドリンさんの説明を聞きながら、メグミンがそう言った次の瞬間、来店を知らせる音が鳴り響いた。
「いらっしゃいま――」
そう言いかけてメイドリンさんは、どこか狼狽した表情を浮かべた。
「この店に客とは珍しい」
店内に入ってきた貴族風な男は威圧する言い草だった。横目に俺達を訝し気な表情で一瞥すると店主のメイドリンさんに向かって話し出した。
「例のモノは用意出来ているのか?」
えぇ、えぇ、もちろんですともと頷くメイドリンさんの表情はどこか固く見えた。
「すみません、そこのお二人さん。ちょっと急用が出来たから、日を改めてはくれないだろうか?」
眉を潜め如何にも困っている顔をするメイドリンさんに追い出される形で、俺達は店を後にした。
「ちょっと態度悪くない? さっきまでは普通だったのに」
メグミンは口を尖らせて不満を吐き出した。
「まあ、まあ、結構地位が高そうな人だったし、大事な商談かもしれないじゃないか」
俺の前を歩くメグミンに向かってなだめる様に声を掛けた。
メイドリンさんは特注で商品を作る事もあると言っていた。特に健康面では見知らぬ人に聞かれたくない症状もあるだろう。あの貴族風な男の訝しむ表情にも納得がいく。
そんな事を考えていると、思い出したようにメグミンが振り返り、手を伸ばしてきた。
ここはまだ『貴族地区』だった。俺は察して、腕を軽く曲げてその手を招き入れた。夕日が差し込んで伸びた一つの影は、だんだんと濃くなり、やがて分からなくなっていった。
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