八.新居清掃
前回の死闘から大分お腹の具合も良くなったので、コメットさんへ用事はあるか聞きにいくと今日はもう無いそうだ。
「あんた達、裏手の丘に住むんだってね? あそこは手入れされてないから掃除が大変だよ。食事なら此処でいつでも食べさせてあげるから寝床を確保して来な。もちろん仕事してくれるのと引き換えにね」
おばさん特有の高笑いをしながら去っていくコメットさん。確かにぱっと見る感じでも相当荒れていたからな、コメットさんの助言どおり寝られる場所くらい確保できるように掃除しに行こう。
俺達がコメット家を出ると橋の所にガイウス達が集まっているのが見えたので、近づいてみる。
「まだ、出発してなかったんだ?」
何気なし聞くとガイウスが答える。
「いや、早々に集まってはいたのだが、カオルが頻繁に用を足しに行くのだ。今漸く落ち着いたので出発するところだ」
俺は苦笑いを返す。ふと、カオル君をみると午前中よりも大分歳を重ねたようにみえる。俺が替わりに行こうかと尋ねると、白い歯を除かせ親指を立てている。
う、うん大丈夫そうだ。カオル君はスライムの攻撃が弱点だったようだな。俺は耐性持ちだったのかもしれない、などと思いながらガイウス達を見送った。
さてと、俺達は踵を返しあてがわれた土地へと移動した。
他の皆は、村の中をゆっくりみるのが初めてだったようで、興味津々といった面持ちで辺りをみている。
俺達は、村の中心部を東に曲がり小高い丘を登りきった。
皆の反応は様々で少し興奮しているようだ。とにかく皆疲れているだろうから簡単に掃除して寝床を整備しよう。
とはいっても、中の様子を見ないと間取りが分からないのでとりあえず二棟ある内の一棟に入ってみる。もといた世界でも不動産の内見は必須だ。
そう考えると、曰くつきだと言ってくれたガイウスは良心的なのだろうなと思える。
扉を開けると丁度家の真ん中に螺旋階段がある。右手には台所があり、それ以外は開けている、食堂兼台所といった感じか。開けているので自由にレイアウトが楽しめそうな間取りになっている。所々床板が抜けているところがあるがそれは追々直す事にしよう。
螺旋階段を上ると、左右に分かれて大きな居室が二つあり一つの空間の割に無駄に扉が多い元々小部屋だったのを壁をぶち抜いて一室にした感じだ、二部屋に詰めれば三十人は十分入る空間があった。
もう一棟も含めれば申し分ない容量と言えるだろう。
「とりあえずこの二部屋を仮の寝室と設定して、日が出ている間に掃除しよう」
「うちも賛成! 明日もう一棟確認して良かったらあっち行くから!」
メグミンは大はしゃぎのようだ。気持ちは良く分かる。
俺も一人暮らしの家を見に行くときには心が躍ったものだ。このスペースに机おいて書斎っぽくして、あっちは寛げるようにソファおいて、ここは気分転換の為に少し運動スペースにして……。
未来の生活を夢見て色々揃えたものの結局はソファ以外から動かないみたいな状況になるのを俺は知っている。
そんな事はどうでもいいので掃除をしよう。二部屋あるうちの一方を女子、残った方を男子として仮に決めてそれぞれが掃除を始める。
部屋の隅には蜘蛛の巣が張っており、日の光に当たると床一面埃だらけなのが良く分かる。
一旦空気の入れ替えをする為に窓を開け放ってから、掃除を始めた。
「お前あれよく食べたな」
振り返ると、柴田が立っていた。まあ二人しか男がいないので当然だ。
「ああ、大変だった。柴田はすぐどっか行っていてけどまさか知っていたのか?」
「台所にいたからな。あの物体に蓋をするのを目撃していた」
なんてやつだ。教えてくれたら俺達は犠牲にならなくて済んだのに、せこいやつだ。
「台所にいたって――。柴田。またミズキを狙っているのか?」
「ふん、洗い物をしていただけだ。それにあの女。大人しそうにして従順かと思えば調子に乗って暴れまわりやがって、もう興味ないね」
なんて下衆な考え方だろう。やはり彼女達に近づかせる訳にはいかない。不意に柴田が質問してきた。
「お前。この状況に不満を抱かないのか?」
不満が無いと言えば当然、嘘になる。出来る事なら戻りたいが、今そんな事を言っても仕方のない事だ。
「不満はあるさ。でも、今は生きる為に必要な事をするだけだ。柴田は何かあるのか? 今はとても順調に事が進んでいると思うけどな?」
「どこがだ! 俺達の知らない世界にきたんだろ? 魔獣もいるしファンタジーじゃないか。もっとこう、冒険したいとか魔法使って無双したいとかないのかよ。俺達は特別な存在なんだよ」
おっと、これはいわゆる患っている方だったのかな? 柴田とは今まであんまり話してなかったがそうゆうタイプだったのか。俺と同じ年齢らしいが、色々な人がいるものだと感慨に浸る。
俺もファンタジーの世界好きだよ。美少女従えて俺最強とか心躍ること間違いない。ただ誰かに召喚して勇者になった訳でもなく。あのマッドサイエンティストの実験台でこの世界に投げ込まれただけだからな?
「気持ちはすごく分かるよ。俺もあるなら魔法を使ってみたいし、剣も振り回してみたい。でも、その前にこの世界の事をほとんど知らない。此処の人達が親切じゃなかったら俺達は食べる物もなく死んでいたかもしれないんだよ?」
魔法がこの世界にあるのかどうかはまだわからない。でも、それは追々の話で今はどうでも良い。柴田を刺激しない様に共感の意を伝えてから、否定するスキルを使った。カオル君直伝だ。
「う、それでも! こっちの世界には煩わしい親もいねぇ。やりたい放題出来る筈なんだ」
この発言で、あの時なんでミズキを襲うなんて暴挙に出たのか何となく分かった気がした。
「やりたい事をするのは止めはしない。個人の自由だからな。だけど、今は掃除しよう。日が傾いてきたから」
とにかく今は、自分たちの生活水準を上げて行くのが最優先だ。安定を確保した上で個人がどうありたいかなんて事は本当に自由だと思う。
俺は、どうするかな? まあ、その時が来たら考えるか。
そうやって話を切ると静寂の中、布がすれる音だけが部屋に残った。
柴田の言っている気持ちも分からないでもない。前の世界で俺は基本的に一人。部屋の中で考えていた事がある。
もし就職出来たとして、通勤、帰宅、寝る、また通勤と死ぬまで無限ループを繰り返す事が出来るのであろうか? 部屋の窓から外を眺めると、毎日同じような服で、同じような時間帯に行動する人たちを見た。俺もああいう風になってしまうのか? 俺はあの人達とは違い何か特別な事が出来る奴だと考えていた。
何とも言えない歯がゆい感情を抱いて日々を過ごしていた時に届いたのがあの手紙だった。
この世界に来てからは、行き当たりばったりでほとんどカオル君が方針を考えているが、自分で良く考え選択をして、俺は自分の出来る事をやっている。この家を手に入れる所までこられたのはどこか心地良い達成感があった。
俺達の掃除が終わり、螺旋階段を下りるとナッチャン達が待っていた。
先に終わっていたのなら、手伝ってくれても良いのにと思いながらも、夕食時になったので一度コメット家へ行く。
俺達が食堂に着くとコメットさんは笑顔でテーブルに案内してくれた。
今晩出て来た食事は野菜のキッシュに、豚肉と野菜の炒め物、豆のポタージュのようだ。飲み物は定番のエールだ。ミズキはエールが苦手らしく果実水を飲んでいる。
アイザック卿の計らいで、この領地では農民にも肉が食べられるようである。なんでも肉を食べなければ身体を動かせないだろうと、なんとも体育会系の発想だが、とてもありがたい。
まだ転移してそんなに日が経っていないが、ラーメンやカツ丼を思いっきりかきこみたい衝動にかられる。一人暮らしを経験している俺はそれなりに料理スキルがあるのでいずれ材料が揃えば好きなものを作って食べたい。
食事が一段落しているとコメットさんが寄ってくる。どうやら宿場と食堂の使い古しのものを移住祝いにくれるそうだ。ありがたく頂戴することにした。
変りに昨晩、剥ぎ取られた服は、ここでは目立つ格好なのでコメットさんにあげた。村の中心部で良い取引が出来たそうで今こうして還元してくれているわけだ。この村には行商人が来るから、その人達に売ったのだろう。
これで最低限の生活は出来る。
俺達は、コメットさんに感謝の意を述べてから帰路についた。
男女に別れて、部屋に入りコメットさんに貰った使い古しの毛布に包まり横になる。
薄れていく景色は、窓から見える月にどんよりとした雲が覆い被さった所で完全に暗くなった。