七十八.雪解け
柴田の送迎会的な催しにより、俺が精神的ダメージを受けてから数週間が経った頃、外の気候も安定し程良い暖かさを取り戻していった。
相変わらず、ハピアはシンシアと二人一組で行動し、細かい所作などを教えて貰っていた。あの様子だと、シンシアは当分の間この地に残る事になりそうだ。本人は楽しんでいるから別に良いのだろう。
ウィンティア王国中枢部は、次期王女の体制を作り上げるのに必死に奔走している。数日前にやっと、オルタナの崩御を国民に周知し大々的に葬儀が執り行われた。王国中枢部はオルタナの死因を病死としていた。余計な不安を国民に与えない為の処置だろう。当然棺の中身はからっぽで、形だけの葬儀ではあるが国民は知る由も無く、聖堂には多くの国民が詰めかけた。その光景を見た俺は、オルタナの言葉に虚偽は無かったと認めざるを得なかった。
「おい、ショウ聞いてるのか?」
「ん? ごめん、聞いて無かった」
ガイウスはため息を吐きながら、両手を挙げ首を左右に振った。
「そろそろ、出発するぞ。皆に挨拶しなくて良いのか?」
オルタナの葬儀が一段落した数日後、俺達は出発の日取りを決め今に至る。馬車の周りには、ハピアを始めこの地で関わった人達や、教育係としてもう少し残るシンシア、冒険者としてやっていく柴田が集まっていた。
こういう、改めて何か言うのは気恥ずかしい。とても、名残惜しいが色んな意味を込めて一言だけ言う事にした。
「また会おう」
「ふふ、それだけなの? まぁ、私は直ぐに追いつきますけど」
「ああ、またな」
「今度はあたしがレイク王国に行くから、その時にね」
それぞれが別れの挨拶を交わした後、ガイウスの合図により馬達が歩み出した。後ろの方では俺達の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続ける姿が見えた。
「俺、戻ったらレイク王の申し出を素直に受けようと思う」
自然と口から零れた言葉にガイウスが反応した。
「どうしたんだ急に? 俺はてっきりなんだかんだ言って断るものだと思っていた」
ガイウスに賛同する様に、ミズキやメグミンも頷く。俺も当初は、ガイウスの言う通り断るつもりでいた。だけど、スクラの街の事、オルタナの事を考える度に、どうにか出来たのでは無いかそればかりが頭をよぎる。それにはやっぱり、それなりの力がどうしても必要だ。一人草原で叫んだ所で、誰の耳にも入りはしない。地位的には低い立場に変わりは無いが、小さな波紋がいずれは大きな波に変わると信じている。
オルタナみたいに王になろうって話では無い。爵位を貰えるって事は領地が手に入る。ただ、転移でこの世界に来た皆や、出生によって生きづらくなったハインド達、オルタナの様な人達が住みやすい居場所を造ってやりたい。この世で、分け隔ての無い誰もが羨む場所に――――。
「いや、俺も歳を取ったからな。先の事を考えるのは変じゃないだろ?」
「それもそうだな」
「その先の事には私も入ってるの?」
自分の中では、真剣な感じで言ったんだけど、ミズキが急にとんでもない発言をしてきた。ふとミズキの表情を見るととても悪い顔をしている。その表情も確かに可愛いんだが、今では無いと思うよ。言うように何も考えていない訳では無いけど、面と向かって言うのは気恥ずかしい。
ほら、ガイウスとメグミンが俺の返答をまだか、まだかとほくそ笑んでいるじゃないか。俺は、そっぽを向きながら「もちろん」その一言だけ伝えた。「よろしい」と、返って来た言葉はどこか上機嫌だった。他の二人は、口笛を吹いたり、拍手をしたりで煽ってくる。まるで思春期の少年、少女のようだ。
そんな他愛の無い話をしながら、馬車は南下しウィンティアの王都が見えなくなるまで進んだ所で俺達は野営の準備に入った。いつも通り、夜の見張りは必要なので今日は俺の番だ。皆で夕食後、俺は焚火の番をしながら時を過ごしていたら、馬車から誰か降りて来る気配がした。
「どうした? 眠れないのか?」
「ちょっと、話がしたくて……」
そう言って俺の隣に腰掛けるメグミンの格好は、思いの外薄着で目のやり場に困ってしまった。以前、その体躯を見てしまっているが故に脳内で造形がフラッシュバックしてしまった。いくら、日中暖かくなったとは言え、朝晩はまだ冷え込む。仕方なく、俺の羽織っている外套をメグミンに掛けてやった。
「で? 話って何?」
ようやっと、話に集中出来る状態になった。少し名残惜しい気もしたけど、これなら俺の雑念も和らぐだろう。
「月が綺麗だねー。ショウとこうやって話すの久しぶりかも」
「ああ、確かにな。あの時以来かな――」
メグミンはスクラの街の一件で、助けて貰った事がある。あの時は酷い状態だったからな、今思っても自分が情けなくなる。身体を張ってまで元気づけてくれたメグミンには感謝しかないな。
「ねぇ、前から気になってたんだけど。いつから、ミズキの事好きだったの?」
えっ! 急にそんな事聞かれるとは思ってもいなかった。いつからって、言っても経緯を話すと柴田の事まで言わないといけなくなる。この間、ちゃんと清算出来たんだわざわざ掘り返す事も無いな。
「あー、何て言うのかな。最初見た時、一目惚れってやつかな」
「ふーん、そうなんだ」
メグミンは空を仰ぎながら、言葉に力無い口調でそう呟いた。
「もし――――。もしも、オルタナ女王の様な子がショウの近くに居たら、ショウはどうするの?」
それはオルタナが崖下に消えて行った日から、心の片隅でずっと考えていた事だった。恐怖や暴力で人を支配し、人としての尊厳を奪い道具たらしめる行いは到底許されるものでは無い。ただ、どうするかと言われればいまだ答えは出ていない。ただ――――。
「もし、そう言う事があるなら。助けたい、どうしたら良いのかまだ分からないけど、寄り添って考えたいと思う」
「そっか……、ショウらしいね」
メグミンは立ち上がり、背筋をぐっと伸ばして馬車の方に歩き出した。「あっ、そうだ」そう言ってメグミンは振り返りいつもの明るさでこう告げた。
「ショウが爵位を貰ったら、ミズキが第一夫人でうちは第二夫人って事で、ゴロゴロして過ごせそうだし」
「馬鹿な事言ってないで寝ろよ。明日も早いんだからな」
叱られた猫のように、馬車に戻っていくメグミンを見送り、俺は焚火に薪をくべる。バチバチと火の燻りをただじっと日が昇るまで眺めていた。
いつも読んで頂きありがとうございます!
これからの励みになりますので、宜しければ評価・感想等宜しくお願いします!