七十五.視ている
俺の名前は、柴田浩次。ある日、不慮の事故により異世界転移を果たした俺は、とんでもないスキルや魔法で、この世界に君臨する筈だった。いつも、読んでいたマンガや小説ではそれが王道だった。転移が実際、俺の身に起こった。俺がこの世界の主人公だと、本気で思っていた。辺りで叫び、泣き喚いているこいつらとは違うんだと……。
そんな中あいつらは、行動を起こすと立ち上がった。俺もそれに賛同した。その道中で、あいつらは俺の事を柴田と呼び捨てにする。それが愛称だと、あいつらは言った。あの時、もう少し素直になれたなら俺の呼び方も変わったのだろうか? いや、俺にそんな事を言う資格なんて無い。その前夜に、許されない行為をしてしまったのだから。あの時は俺が主人公で、周りにいるあいつらは、無条件に俺の事が好きなのだと――――。
その時の事が、いつも引っ掛かっていた。この数年間一度も、あいつらは、その事について言及してこなかった。掘り返されたく無かったからか、気を使ってなのか、又は、忘れ去られる程度の出来事だったのか分からないが、一度も俺を責めようとはしなかった。
農作業を繰り返す日々の中で、唐突に転機が訪れた。冒険者になれると、あいつは言ってきた。俺の転移生活はここから始まるんだと確信した。是が非でも付いて行く意思を見せつけ、期待した冒険者ギルドでのランク判定はC判定だった。俺は……。いや、今はその事はどうでも良い。
とにかく、あの時の事を清算させておきたい。それからは俺の物語が動き出す。そんな気がしたから、あいつらを呼び出した。
顔に当たる雪が解け、なんだか心に霞が掛かったのが剥がれ落ちる感覚がした。ようやく、あいつらが現れて俺は清算する事が出来た。あいつらは、困惑したような表情をしていたが俺が言った言葉は本心だ。別に、あいつらの事が嫌いになった訳では無い。ただ、自分が自分である為に距離を取りたかった。あいつらと、旅をしていく中である程度、要領は分かった。これなら、俺でも冒険者としてやって行けるんじゃないかと思った。
後日、皆集まった時にその旨を伝えると、ガイウスが良い提案をしてくれた。早速、ヴィクトールに会いに行き指示を仰いだ。あいつの仲間だから、それくらいは構わないと……。
それから俺は、毎日ヴィクトールに会いに行った。途中息抜きに、中庭に一人でいると幼女が珍しく話しかけて来た。
「あっ、柴田だー。こんな所で何してるのー?」
「別に……」
子供の相手はどうして良いか分からない。数秒間の微妙な沈黙が辺りの静けさと噛み合っていた。すると、幼女がまた話しかけてくる。
「こんな話知ってる? あたし、今この国の歴史を勉強しているでしょ? その中で聞いた話なんだけど――――」
そう言って、幼女は俺に話を聞かせてくれた。
遠い昔、この国の先祖に羽があった頃、双子の子供が生まれたそうだ。その当時はとても珍しく、村を挙げて盛大に祝福をした。そんな中、村人達の目を引いたのは、片方は立派な羽を背中に生やした少年で、もう一方は背に羽は無いけれど代わりに未来を見る事が出来る少女だった。
当時、羽の大きさは魔力量の大きさに比例すると言われており、王の器だと周りは少年をもてはやした。それにより、純粋だった少年は徐々に傲慢に、強欲になって行った。反対に少女の方は、未来を予言する事によって、村の安寧に強く貢献した結果、人だかりは増える一方で信者達から絶大な人気を博していた。
ある日、前王が崩御し、この二人のどちらかが選任されるとなった時に事件が起こった。少女の人気が気に入らない少年は、羽の無い少女の為に、湖の上空を飛んであげるよと綺麗な湖に少女を呼び出した。
少年が少女を抱きかかえて飛び立った瞬間、少女は少年の耳元でこう呟いた。
「それでも構いませんよ。但し、幾星霜の時が流れようとも、私はあなたの事をずうっと視ていますよ」
少年は驚きのあまり、抱きかかえた手を離すと少女は真っ直ぐに湖に落ちて行った。少年が行おうとしていた事が少女には視えていたのだ。謀らずとも結果的に少女を湖に落とす結果になってしまった。その後、突然姿を消した少女を信者達が隈なく探したが、どこからも少女は発見されなかった。王になるのが嫌で逃げだしたのだろうと思われ、少年が王位を継ぐ事になった。
それから幾年か過ぎ、その事を忘れつつあった少年は、初老を迎えようとしていた時だった。王城の廊下を一人歩いていると、召使の少女がぽつんと一人佇んで居たのだ。不思議に思った王は、その子に声を掛けた時、信じられない言葉が帰って来た。
「お久しぶりです」
「久しぶり? 君とは初めて会うのだが?」
「ふふ、まあ良いでしょう。一言伝えに来ただけですから――――。明後日の朝、あなたは息を引き取るでしょう」
「何の戯言だ! 子供とて容赦はせんぞ! 衛兵はおらんか?!」
王は振り返り大きく叫んだ。すると、廊下の奥から衛兵たちが飛んでくる様子が伺えた。その背後で少女は次の様に呟いた。
「無駄な事です。私はずうっと視ていますよ、あなたも子孫も……」
王は走馬灯の隅に追いやっていた記憶が鮮明に蘇った。恐る恐る少女の方へ向き直ると、そこにはバケツを引っ繰り返した様な水たまりが出来ていた。
そんな馬鹿な話は無い、疲れが溜まって幻覚でもみたのだと王は持ち前の傲慢さで、気を取り直した。
だが、少女と出会って明後日の朝、王は謎の死を遂げた。その表情は恐怖に慄いていた様子が伝えられている。
それから、王城ではいくつもの怪死が報告され、共通しているのは少女に声を掛けられるのと、水たまりが不自然にある事だった。
「それでね。えーっと、少女の気持ちを慰めようと、お花を植えて綺麗にしたのが、この中庭なんだって」
「あ――――。ここ? この中庭が、その湖だったって事?」
「聞いた話だとそうみたい! あっそうだ。今でもたまに水気の無い所に水たまりが出来るってメイド達が噂してるよ」
嘘……だろ? こわっ! 何それ? 今まで普通にこの場所に来てたけど、そんな話があるの? ガチじゃん。
「あっ、そろそろヴィクトールの所へ行かないとな。じゃ、またな」
「そうなんだ、じゃ……また……ね」
俺は足早にその場から離れた。その話が怖かったからというのもあるが、去り際のあの幼女が物凄く不審な笑みを浮かべていたのが特に危険だと思った。
あの幼女もいうなれば、少女と言っても過言じゃ無い。普段話しかけてこないのに、何故その話を俺にしたのか? あのままいたら、次にどんな言葉が飛び出していたか、考え出したら鳥肌が止まんねぇ。
俺がさっきまでいた所から微笑が聞こえた様な気がしたが、振り返る事なんて出来ない。俺は無意識に駆け出していた。とにかく大人達のいる場所まで早く行きたい、心の思うままに駆け出した。
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