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七.スライム現る


 アイザック卿に別れの挨拶をして、俺達は先導するガイウスに従って屋敷を後にする。


 村の中心部から東の方へ行き小さな丘を登った先に、二階建ての建物が二棟見えてくる。もう少し近づいていくと、左側には家畜小屋、右側には荒れ果てた田畑が広がっていた。


 村の位置からすると丁度コメットさん家の真裏に位置する丘の上であった。この場所からは村の大部分が見通せるいい場所のように感じられた。


 「この辺りは自由に使ってくれていい。元々一人の老人が、孤児院兼農業場として使っていた場所で、何十年も前にその老人が亡くなったので、空き地になっているからな」


 「こんなに良さそうな所を、ありがとう」


 カオル君が感激しお礼を述べる。


 だが、俺は素直に同意できない。土地も広いし家もでかい。何故何十年も空き家なのか気になった。


 「何十年も? こんなに良さそうな場所なのに? それに前の住民はどうなったの?」


 その発言を聞いたガイウスは、不気味な笑みを浮かる。


 「老人が亡くなったと農民から知らせを受けた当時の領主は、確認する為にこの家へ赴いたら……。誰も居なかったそうだ。孤児達もその亡くなったと知らせのあった老人の姿も……。家畜だけを残して」


 俺達は、またいたずらに付き合わされている。と半信半疑で取り合わなかった。


 「ガイウス。いくら何でもそんな事は無いだろう。その伝えてくれた人を探せば真実が分かるんじゃないのか?」


 小さな村だ。一軒ずつ訪ねていけば誰だかすぐ分かりそうなものだ。


 「その人物が見つかっていたら、こんなに良い場所を放置しておくわけないだろ。聞いた話では住人が消える数日前から、夜中にこの付近から笛のような音か聞こえたそうだ」


 ガイウスはアイザック卿の名において誓うとか言い出したので、これは本当だと思い背筋に冷や汗が垂れた。


 「現在も時折音が鳴り響くので、周囲の農民達は気味悪がって誰も近ずきもしないって訳だ」


 「ここ以外で無いかな?」


 「無いな。今、集団で移住出来そうな土地はここだけだ」


 カオル君はこの場所を避けようと試みるが、見事に一刀両断された。


 俺達はしぶしぶ、その場所を承諾した。先程の話は取合えず聞かなかった事にして、皆にも黙っていようと口裏を合わせる。


 ガイウスは案内がすむと出発の準備があると言ってアイザック邸へ戻った。俺達も後ろ髪が引っ張られる思いでコメット家へと移動する。


 円形の広場を入口方面に進んでいくと、美味しそうな匂いがあちこちから立ち昇る。丁度お昼ぐらいだろうか? 俺のお腹の時計もチャイムを鳴らしている。


 コメット家に入ると、テーブルに伏している人達が目に飛び込んできた。


 朝からコメットさんに、こき使われていたコメット班だ。


 俺とカオル君は互いに苦笑いしながら、皆の傍へ行き席に座る。


 「マジきついっス。薪割りとか地獄でしたっス」


 「チェキラ殿は、変な力が入っているであります。コツを掴めば楽でありますぞ」


 ぐったりしたチェキラに対して、軍曹は元気そうだ。まあ、チェキラは少し頼りない体躯をしており、軍曹は無駄な肉のない動ける肉体をしていたからな。


 昨夜のことを思い出し過ぎないよう補正をかける。


 「そういえば、女性陣の姿が見えないけど……」


 俺がそう言いかけた所で、台所の方からナッチャン、ミズキ、メグミンと現れる。


 どうやら、料理を作っていたみたいだ。


 テーブルの上に次々と料理が並ぶ。野菜具沢山のシチューに、パン、ハーブを練りこんだソーセージとエールそして何やら蓋がしてある鍋が出揃った。


 「あんた達良く働いてくれたね! これからもここに住むのならたまに手伝いに来てくれると助かるよ。午後からもお願いね」


 奥の部屋から労いに来てくれたコメットさんはどこか足取りが軽く、またすぐ奥へと戻っていった。


 俺とカオル君は、皆にご苦労様と声を掛けて、愚痴を聞きながら一緒に食事をとる。 


「ね~、それでどうなったの~?」


 ナッチャンが俺達に説明を求めてきたので、カオル君が説明する。


 「……というわけで、住めるよう交渉は出来たよ。後は待機組の救助に何人か行かないといけないんだけど、希望する人はいるかな?」


 皆なれない労働で疲れているのを感じてか、カオル君は挙手制で人選を選ぼうとしていた。


 「俺行くっス! ここにいたらこき使われてしんどいっス!」


 チェキラは悲痛な声をあげて名乗り出た。


 「魔獣や盗賊が出るのであれば、私が役に立てるかも知れないのであります」


 「わかった、疲れている所ありがとう。じゃあ、救助組はこの食事が終わったら入り口の橋に向おう。コメットさんには僕から説明しておくよ」


 カオル君と軍曹そしてチェキラで丘の上にいる待機組の元へ助けに行く事が決まった。


 チェキラのように柴田もついて行くと思っていた俺は、柴田の様子を伺うと黙々と食べていた。俺達が居ない間、何をしていたのか後でナッチャンに聞いてみよう。


 「ところで、料理が出てきて気になっていたんだけど、この鍋の中には何が入っているの?」


 最初から少し気になっていた事に触れてみると、女性陣の動きが止まる。


 その空気を察してか、柴田はご馳走様と言い残し颯爽と立ち去った。


 「ここまでうちら、ただ付いて来る事しかしてなかったから、これはせめてものお礼を込めて作ったんだよ」


 「本当かい? ありがとう早速頂くよ」


 メグミンが不自然に目線を逸らしながら言うと、カオル君はその好意に応えるよう蓋を開けた。


 すると、何やら緑色の物体が中から現れた。これは異世界あるあるのスライムではなかろうか? などと考察していると、カオル君は少しも怪しむ様子無く器へ取る。


 やけにどろっと、器に注がれたそれは見事にぷるぷると揺れている。俺は先ほどガイウスから聞いた怪奇現象の話よりも冷や汗、いや脂汗を流していた。


 これは危険だと思いカオル君に向って静止しようとしたが……間に合わなかった。


 カオル君の顔は瞬く間に青く染まり。頬はリスのように膨れ上がった。口元を押えて、静止していたかと思えば、おもむろに立ち上がり食堂から飛び出していった。


 「あー、俺はもうお腹いっぱいっスから、もう橋に行って準備しとくっス」


 「そ、そうでありますな。私も行かなければ」


 わざとらしく席を立ち、食堂を出た瞬間、走る音が虚しく食堂に響き渡る。


 「さてと……!」


 残された俺も、自然な流れで席を立とうとするが、机の下でナッチャンに足を取られ立ち上れない。


 俺を制する足の力とは裏腹に、何とも綺麗な笑顔でこちらを見てくるのだろう。女性に足を絡ませられるのは初めてだがこんなにも嬉しくないとは思わなかった。


 「それで……これは誰が作ったのですか?」


 仕方なく座り直す。逃げるのコマンドを制してくるボスモンスターに立ち向かわなければならない俺には当然、知る権利がある。


 「わ、わたしだけど……余計な事しちゃったね」


 今にも泣き出しそうな雰囲気のミズキ。俺はてっきりメグミンがやらかしたので、皆で作った事にしたのかと思っていた。


 なるほど、それでナッチャンのこの圧力かと納得した。ナッチャンはミズキを妹のように大事にしてるからな。


 俺は鍋を見つめて覚悟を決める。最初の村で出会うスライムは弱いと相場が決まっている。


 勢い良く木製のスプーンを鍋に突っ込み先制攻撃を喰らわせ、器に叩き込む。ここまではいい感じだ。相手はひるんでいる様子。そして器に取ったそれに二撃目をいれるとスライムが小さく分裂した。今がチャンスだ! そう確信した俺は、大きな口に向けて勢い良く空中投げを放った。


 その瞬間スライムの激しい攻撃が始まった。ほのかに甘い香りがして油断を誘い、直後に強烈な刺激で痛みを与えてくる。最後にどろりとした嫌な感触と苦味が腹を殴りつけてきた。


 とても最初の村に出てくるスライムの攻撃力ではない。このままでは体力が無くなるのは必然、だがなおも裏ボスが足の拘束を解いてくれる気配はない。


 俺の喰いっぷりを見てミズキの表情が少し和らいだようだ。


 せっかく俺達の為に創ってくれたものだ。それに誰も悪くないのだ、スライムを倒し可憐な少女の笑顔を取り戻す為、俺はここで負けてしまう訳にはいかない。


 俺は回復薬エールで口内を浄化すると、再びスライムと壮絶なる戦闘を繰り返す。


 腹部のほうで暴れまわるスライムを制し俺は何とか生き残った。


 「全部食べてくれるなんて嬉しい! また作ってあげるね!」


 誰かに手作りを食べて貰ったのは始めての事なのだろうか。ミズキは無邪気に喜んでくれたみたいで何よりだが、最後のセリフは呪いの言葉に違いない。可憐な少女ではなく、魔王だったか……。


 いつの間にか足の拘束は解けていた。自由になった俺は少し張ったお腹をさすりながらナッチャンの方へ目を向けると、親指を立て俺を称えていた。


 俺達の……いや、勇者ショウの戦いはまだまだ始まったばかりだ。



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