六十七.決闘前日
スライムとの戦いから数日が過ぎたある日、ウィンドヘルム城から一通の書状が届いた。
シンシアが皆を集め手紙の内容を朗読すると、内容は明日の正午に《竜の喉笛》で決議を取ろうというものだ。
要するに決闘の日取りが決まったという事だ。いよいよ、この戦いに是が非でも決着がつこうとしている。
ただし、関係者は全員参列する様にと下方に記されていたそうだ。
オルタナとしては、自身が勝利した暁にはハピアと共に俺達を抹殺する魂胆なのだろう。
シンシアとミズキは、ハピアに対して教えられる事は教える事が出来たと自負している。あとは、ハピア次第だという事らしい。
魔法についての知識と扱い方を学んだハピア本人は、やる気に満ち溢れている様にみえた。
「いよいよか……。ハピアにとっては辛い戦いになるな」
何気なく俺はそんな言葉が口から零れた。それを傍にいたガイウスが拾った。
「とは言ってもな、シンシア王女様が擁護する形で何とか得られたチャンスだ。元々は淘汰されるがままだったんだぞ」
「そうだな……、シンシアには感謝しないといけないな、俺達だけでは周りに迷惑を掛けるだけで特に力になれなかったからな」
「そういえばミズキ達の姿が見えないけど、どこに行ったんだ?」
今朝シンシアに呼ばれた時は皆いたはずだ。明日決戦と言う事も有り、今日はもうハピアの勉強会等は無く休息日にしていた。
「ああ、メグミンを連れて何か買いに行くって言っていたぞ」
買い物か……、まあ今は自由に過ごしたら良いと思う。俺はハピアの様子でも見に行くか。ガイウスと別れて屋敷の中を歩いていると、シンシアに呼び止められた。
「ショウ。少し私の部屋で話が出来ますか?」
ハピアの様子も気になるが、別に急ぐ事でも無いのでシンシアに付いて行った。
「話ってなんだ?」
ティーカップに紅茶を注ぎ、唇を濡らしてからシンシアは話し出した。
「明日の決闘なのだけれど……。もし、負けた場合どうなるか知っているの?」
「薄々は感じている。関係者を全員集めるって言う事は、向こうが買った場合はその場で俺達を始末しようって事なんだろ」
「そこまで分かって居るのならば話が早いわ。心苦しいのだけれど、私はレイク王国の王女で相手がどのような要求をしてくるか不明だけれど約定を結べば命に係わる事は無いと断言できるわ。相手も不要な疑いを父に掛けられたくないでしょうから――――」
俺はシンシアの話を静かに耳を傾ける。
「だけど、ショウ達はこの限りでは無いのよ。相手は真相を知る者を出来る限り排除したい訳だから……その……」
シンシアはそこで口を噤んでしまった。自身の口からは言いづらいだろう、自分は助かる道があるけど俺達には無いと言っているのだからな。
「気にしないでくれ。もし、負けた場合だろ? 俺はハピアを信じているし、そうなったらなったでどうにかするよ」
俺の何の根拠もない言葉で、シンシアの沈んだ顔が若干和らいだ様に見えた。シンシアなりに気を使ってくれたのだろう。しかし、今更どうする事も出来ない事に慌てふためくことは無い。ただし、そうなったら俺にも少し考えがある――――。
「そうね」
そう言ってシンシアは一人になりたいからと、俺を部屋から追い出した。その辺は、我儘っぷりが抜けて無いのが妙に可笑しく思えた。
シンシアと別れてから、再びハピアを探して屋敷を歩いていると、中庭で雪の中ハピアが佇んで居るのが見えた。
「何してるんだ? こんな所に立っていると風邪引くぞ」
俺は自身の外套をハピアに被せ、中に入るように促す。
「あっ、ショウ。こうやっているとね、前に村の皆で雪合戦したなとか雪のお家作って昼寝したり、楽しかったなって思い出すの」
ハピアは曇天の空を見据えながら懐かしんでいた。
「そっか、雪合戦か――――。良し、やろう! 俺も当分して無いし」
「ほんと? やったー!」
俺達は中庭で対に別れ球を量産するのに勤しんだ。突発的な提案の為、防壁とかは作る事無く、相手の球を避けるだけで対応する事となった。
地面に降り積もった雪に手を入れると、すうっと指が入り程なくして気持ちの良い冷たさが全体に広がっていった。二十個くらい作り終えた所で、中庭が見える窓から声が聞こえる。
「何やってんのー?」
「ああ、メグミンか、買い物から帰って来たんだな。今からハピアと雪合戦するんだけどやるか?」
「楽しそう! うちもやる! あっ、せっかくなら皆でやろうよ。うち呼んで来るから」
そう言って、屋敷内を駆けまわる姿が見て取れた。程なくして、ガイウス、柴田、レスター、ミズキ、シンシア、メグミンが中庭へと集まった。
全員で八人での雪合戦が今始まろうとしている。チーム分けは、単純に性別で分けた。俺とミズキが同じチームになれば勝てないとのクレームが皆から入ったからだ。
戦力差的にはこの分け方が大体同じ感じだ。各チームに俺とミズキでAランクが一人ずつ、ハピアは子供なので含めていない。
「さあ、始めようか!」
俺の発したその言葉により、多くの白い球が弧を描いて飛んだ。それぞれが球を避けようと必死に中庭を動き回った。
シンシアには、初めての経験だったようで無邪気に球を放り投げている様は王女と言う肩書までも投げ出していた。
「うっ、気持ち悪い」
その言葉と共にレスターはその場から動かなくなり、その瞬間を逃さなかったハピアが見事レスターを打ち取った。レスターは、また酒でも飲んでいたに違いない、動き回ったせいで酒にやられたのだろう。
それを機に人数的な差も出来て俺達はいきなり山場を迎えた。というよりも、何故か攻撃が俺に集中し始めた。
「俺ばっかり狙うのずるくない?」
「そんな事は無いわ! これも戦略、ショウを倒せばこちらの勝ちも同然よ」
陣頭指揮を取っているのはシンシアか――――。だったら、こちらも指揮官を叩くのみ。こういう戦闘はやはりガイウスの方が教養があると思い目配せを送ると、ガイウスは察してくれたようで近くに居た柴田と何やら言葉を交わしていた。
俺に攻撃が集中しているという事は、相手の意識が俺に集まっているという事だ。さりげなく、ガイウス達が動きやすくなるように円を描いて移動する。
シンシア達が十二時の位置に居るとすると、俺は八時で柴田達は四時の位置関係になった。
一向に収まらない俺への猛攻に俺は『身体強化』を使い、左右に跳んで交わす、その隙に柴田が逆方向からシンシア達に特攻を仕掛けた。
叫び声と共に突っ込んで行く柴田、それに気づいたシンシアは身を捩じり柴田と相対する。二人の球は、同時にお互いに当たった。柴田の命がけの特攻で見事に敵の指揮官を打ち取る事が出来た。
これで二対三になり、人数差はあるものの指揮官を失った、女性陣の士気は衰え始めたかに見えた。
しかし、いつの間にかメグミンの姿が無い事に気付いた。俺への攻撃が少なくなったのは単純に人数が減ったからに他ならなかった。
俺が気付いた時には時すでに遅く、声を掛ける暇も無くガイウスの背後からメグミンが球を当てた所だった。
「メグミン、『隠伏』を使うなんてずるいぞ!」
「ショウに言われたくないよ! その動きだってずるいじゃない」
その言葉にぐうの音も出なかった。当たるのが嫌で『身体強化』を使ったのは間違いないのだから。
再び劣勢へと追い込まれた。その時に俺は気付くべきだった。メグミンがスキルを使ったという事は、ミズキ達も魔法を使う可能性があるという事を――――。
せめて一矢報いようと、メグミンに近づこうと跳躍した。着地しようとした瞬間足元が滑り、俺の身体は一瞬宙を舞ったのだ。
その時、弾丸の様な球が俺の腹部へと激突し、俺は苦悶の表情を浮かべ冷たい白いカーペットの上に倒れこんだ。
「ふふっ、ショウ大丈夫?」
「うち、久しぶりに雪合戦したけど楽しいね」
「勝ったー! すごい、シンシア姉ちゃんの言う通りだったよ」
俺は自分が何故やられたのか理解出来なかった。腹を擦りながら起き上がると、シンシアが近づいてきた。
「私がやられたのは残念だけれど、楽しかったわ」
「何で、俺はやられたんだ? 急に足元が滑って……、まさか!?」
「気づきました? ショウが着地する場所にミズキの魔法で水を張って貰いました。その結果、この寒さで水は凍り、ショウが体勢を崩した所でハピアが球を風に乗せて放出し命中させたという事ですわ」
してやられた――――。だけど、ハピアの攻撃は実に鋭いものだったと思う。この数日の訓練が身に付いている証なのだと安心した。
明日どうなるか分からないが、俺はこの言葉を言わずにはいられなかった。
「今日は負けたよ、次こそは俺達が勝つ! 再戦だ」
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