六十三.王女?
頭上の足音はぎしり、ぎしりと、辺りを隈なく鳴り響いている。
住居の扉は、あえて鍵を掛けてはいなかった。扉を施錠していない方が、パッと見ただけで空き家だと認識されるからだそうだ。
わざわざ空き家に入って来ようなどという人は、何かしらの目的が有る者か、浮浪者だろう。
残念ながら、この訪問者達は前者のようだ。
次第に辺りを探る物音は、衣装棚の方へと収束されて行く。
俺は息が詰まる思いで、事の行く末を迎える事しか出来ない。
衣装棚の戸が開く音が聞こえ、俺達は暗闇の中で衣装棚の入り口から、薄らと差し込む光の変化に注視した。
近くにいるミズキが俺の服をギュッと握る感覚が伝わってくる。
俺は腰の剣に手を掛け、何時でも応戦出来るように身構える。
その気配を察してか、ガイウス達も身構えたようだ。
すると聞き覚えのある声が漏れ出して来た。
「おかしいわ? メグミンが昨日この家に入って行ったのを見たと思ったのだけれど? 誰もいないわ」
俺はミズキと目で確認し合い、ミズキも力強く頷いた。
間違いない! 俺は声の主を確認する為に、そっと衣装棚の入り口から顔を出した。
俺と目があった瞬間、驚きの表情と共に発せられた言葉は、俺の緊張を解いてくれた。
「そんな所に隠れていたのね!」
「やっぱりシンシアだ! どうして此処に?」
王都に居る筈のシンシアが俺の目の前にいた。
周りには複数の護衛の姿があった。先程の足音はこの護衛達のものだったのだろう。
「どうしてって、王都でお披露目したでしょ? 今度は国外での挨拶回りよ」
そんな事王都を出る時は一言も言ってなかったような。
「父がショウ達と合流出来れば、それに勝る護衛は無いと...伝えなかったのは驚かせようとしたの。ショウ達こそどうして、隠れてたの?」
なる程、レイク王の考えた事は本当かどうか分からないが、シンシアの性格上驚かせたいと言うのは本心だろう。
「俺達は……」
そう言いかけた時、下のレスターから声が掛かる。
「長くなりそうか? そこでは目立つ」
俺はシンシアに下に降りるように促した。
護衛も含め全員が、下に降りて来た。そうして、また上階の住居は空き家の様合いになった事だろう。
シンシア達はこの空間に驚いて首を周囲に向けていた。一通り確認し終えた所で、レスターにシンシアを紹介した。
レイク王国の王女だと知ったレスターは、王族に対して丁寧な挨拶をした。
近衛騎士団団長の兄を血縁に持つレスターは、さぞ身分の高い貴族だったのだろう。
その所作には品位が有り、普段から呑んだくれている姿とはかけ離れたものだった。
「ミズキ~! 会いたかったわ!」
シンシアはミズキを目に捉えると直ぐ様駆け寄り、軽い抱擁を交わした。
「それで? これはどう言う状況なの?」
一通り再会を喜んだシンシアは、満足したらしく先程の話へと切り替えた。
「手紙を送ったんだけど届いてない?」
「知らないわ、王都には届いているかも知れないわね」
一応確認の為に聞いたがこの状況を知らないと言う事は、手紙は届いていないのは想像出来た。恐らく、俺達がレイク王国を出発して数日後にシンシア達も出たのだろう。
手紙は王都宛に届けたから、行き違いになったに違いない。
それはもうどうでも良い、相談したい相手が目の前に居るのだからな。
俺は手紙に書いた事と、現在進行形で起きたヴィクトール達の状況を説明した。勿論、ハピアの事も漏らさずに。
シンシアは目を閉じて、静かに聞いていた。そして、一つずつ確認する様に口を開いた。
「なる程ね...オルタナ女王は先王を誑かし、正妃を何かしらの方法で谷底へと突き落として現在の地位を手に入れたと?」
「そう言う事になる」
レスターは、シンシアの言葉に軽く相槌を打つ。
「そして、正式な継承者は此処に居るハピア王女? で、その育ての親...つまりヴィクトールさん達は現在女王に捕まり拘留中...円満にするにはどうすれば良いのかって事?」
「その通り。何か良い方法は無いか?」
俺は期待の眼差しでシンシアの口元に注目した。しかし、返ってきた答えに落胆した。
「無理ね。オルタナ女王は、賢い人の様だし、何年もの時を費やして確実に積み上げた地位なのでしょう」
「どうして無理なんだ?」
「理由は三つあるわ。一つは正妃を殺したと言う証拠が無い、次にハピア王女が本当に正妃の子か分からない」
その疑問に対してレスターは食ってかかる様に抗議した。
「あの女は王妃が谷へ落ちた時ほくそ笑んだんだ! 絶対に何かしたに違いない! それにハピアは間違い無く王妃の子だ、あの谷底で我々が見つけた赤子だ! それにこんなに風に愛されて居るのは王族の血が流れている証拠になる筈だ」
ウィンティア王国はレイク王国と違い先住民がいた。
レイク王国は、豊かな土地を求め移住してきた者達が建国した王国だ。一方ウィンティア王国は、風の民と言う者達が先住民としていた。
此処で言う王族とは、元を辿れば風の民の純粋な血統で魔力を持つ者は王族のみと言うお国柄だ。
レスターに熱が籠るのも無理は無かったがシンシアは鋭く切り返した。
「三つ目、いずれの事柄も反乱を企てていると噂されている元近衛騎士団の言葉でしょう? 民衆はどちらを信じるのかしら?」
レスターは反論しようとするも開いた口を紡いだ。
シンシアの言う事は的を得ていた。確かにヴィクトールが叫んでいた事を民衆は虚言だと思い、真剣に聞いている者など居なかった。
「もうめんどくせぇ! 正面から助けに行こうぜ!」
柴田が痺れを切らして、叫ぶも誰も賛同する者などいなかった。静かな沈黙が辺りを包み込む。
分かりやすく肩を落とす俺達を見て、シンシアは大きく溜息を吐いた後口を開いた。
「もー! 分かったわ! 一つだけ助かる方法があるかもしれない。でも、それは望んだ形では無いかもしれないわよ」
僅かに光る蝋燭の明かりを頼りに、俺達はシンシアの言葉を聞き入った。
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