六十二.ハピアの力
朝、珍しく目が冴え、昨日レスターが一人で酒盛りをしていた場所へと向かって行くと、既に皆起きていた。
テーブルの上には保存食が並べてあり、朝食の準備が整っている様だ。
「皆早いな。今日は一番に起きれたと思ったのに」
「ショウにしては早かったね。あと少し遅かったら、ハピアをお腹にダイブさせる所だったよ」
メグミンが意地悪げな顔をしながら言い放った。
無防備な俺の身体にそんな事をしたら、一発で目が覚めるのは確実だ。気持ちの良い目覚めが台無しにならなくて良かったと、胸を撫でおろした。
ハピアは昨日とは打って変わって表情も柔らかく、良く眠れたせいか分からないが元気にみえる。俺を起こしに行けなくて少し頬が膨れているのが見て取れた。
軽く全員と挨拶を交わし、朝食を手短に取り、早速俺達は本題へと入る事にした。
「ハピアはどうして、この街に居たんだ?」
俺は率直にハピアへと聞いた。
「ショウ達が村から出て行った時、本当は、お別れ言いたかったけど爺ちゃんとはケンカしたから部屋にずっといたの」
「それから?」
「それからね。当分の間爺ちゃんとはケンカしてて、ある日、村に軍人さんが大勢来たの。爺ちゃんは私を部屋から引っ張り出して、隠し部屋に押し込んでからこう言ったの。『ショウ殿は、ずっと友達だと言っておったぞ。ハピアよ、お前が強く望むのならば風がショウ達の元へと連れて行ってくれる事だろう。但し、物音が聞こえ無くなるまではここから出てはいけない。その後はお前の自由じゃ、風の加護があらん事を』そう言って爺ちゃんは扉を閉めたの」
ヴィクトールさんの想いが伝わってくる。ミズキやメグミンは、目に涙を浮かべている。レスターも歯がゆい思いをしているに違いない。ずっと目を閉じ、眉間のシワが深く出ている。
「その後、ハピアはどうしたんだ?」
「あたしは怖くてずうっと、目と耳を塞いでた。いつの間にか寝ちゃっていたみたいで、外からは何の音も聞こえ無くなってた。だから、怖かったけど外に出てみると、誰もいなかった……、爺ちゃんも、村の皆も誰一人……」
目から零れる涙を拭いながら、一生懸命説明してくれるハピアの頭を優しく撫でながら、俺は続きを促す。こんな小さな子に辛い出来事を思い出させるなんて酷な事かもしれないが、今は情報が欲しい。ヴィクトール達を助ける為にも、ハピアの安全を守る為にもだ。
「あたしは、泣き疲れて村の外にある岩の上に寝っ転がって、ショウの事を考えてたら、声が聞こえてきたの」
「声? 誰の?」
「わかんない。でも、ショウと出会う前に聞いた声と一緒だったから、絶対この声を聞いていれば会えるって思ったんだ!」
皆と顔を合わせると皆疑問符を浮かべている表情だ。もうちょっと掘り下げて聞いてみようか。前は途中で子供の与太話だと思い真摯に受け止めていなかったかもしれない。
「それって今も聞こえる?」
「ちょっと籠った感じだけど聞こえるよ。ちょっと待ってね」
そう言うとハピアは、目を閉じ何か集中している様だった。すると、僅かにハピアの身体から淡い光が立ち込め、背中には光で出来た翼が現れたのだった。すると、椅子に座っていた筈のハピアの身体がふわりと宙に浮かんだのだ。
「何て事だ……」
レスターは驚きのあまり言葉を失ったようだ。
「おい、これって」
柴田が興奮しているのも分かる。
この光景には、見覚えがある。ミズキも以前王都で、似たような光を纏っていた事がある。初めに見た時は幻想的で、見とれていたものだ。
今、ハピアが纏っている光は魔力で、翼を成型したのは魔法なのだと、俺達は気付いてしまった。
そう、ハピアはこの世界で言う所の賢者や巫女の部類に入る貴重な人物だった。
これならば、身体一つで遠く離れた国境の街ボダニ付近に行く事も、この街ウィンドヘイムに来る事だって可能だ。
先祖の風の民は、風の声を聞く事が出来て、自由に空を駆けていたと聞いた。ハピアはその記憶を色濃く受け継いだに違いない。
「ショウ、もう良いかな? これ疲れちゃう」
「ああ、ありがとう」
ふっと、ハピアの周りから光が消え、元居た席にすとんと腰を落とした。
黙ってその様子を見ていたレスターは、ハピアに本当の事を伝える決心が付いたのか、いつもの酔っぱらいの雰囲気は無く真面目な表情をしていた。
「ハピアは、俺の事覚えているかな? まあ、覚えていないだろうな……。俺と会った時はまだ赤子だったからな。俺の名前はレスター、ヴィクトールの弟だ――――」
そう切り出し、俺達に話してくれたように、長い時間を掛けてハピアに纏わる話を語りだした。
俺達はそれを静かに聞いていた。ハピアは時折困惑した表情を浮かべているが、レスターの言葉に一生懸命耳を傾けている。
ようやくレスターが、語り終えた所で、ハピアは口を開いた。
「あたしは、爺ちゃんの孫じゃない? この国の王女? お母さんは殺されて、お父さんは正気を失った?」
そうだと言わんばかりにレスターは首を縦に頷く。
「わからないよ……。お父さんや、お母さんの記憶も無い。あたしには爺ちゃんや村の皆が家族だよ! そんな人達知らない!」
そう言い放ち、ハピアは奥の部屋へと駆け出して行った。
レスターは苦虫を潰したような表情をしている。
「まだ、伝えるには早かったか……」
そう言いながら、コップに入った酒で喉を潤す。
ハピアの境遇を鑑みれば、たとえ成人した人でさえ、今までの生活は偽りだったのかと不安の波に襲われるだろう。
面識の無い人々が、父や母だと他人から言われて、素直に納得出来る者などいるのだろうか。
何とも言い難い、不安、絶望、疑い、様々な感情が入り乱れ、自身でも如何すれば良いのか分からなくなるに違いない。
それは時間が解決してくれると誰かが声を掛けてくれるのを待つのか? そんな時間は今この時に限ってはありはしない。
何かしらの行動を起こさなければ、ハピアが家族だと言い放ったヴィクトール達は生きてハピアと再会する可能性は低い。
俺は意を決し、ハピアを追い掛け尋ねる。
「ハピア、辛いだろうけど決めなくてはいけない。どうしたい?」
「なんでそんなこと聞くの? ショウなんて嫌い! どうしたいかなんてわかんないよ! ただ、爺ちゃんにわがまま言ってごめんって謝りたいよ」
「そうか、分かった。色々話をして疲れただろ? ちょっと目を瞑って休んだら良い」
そう言って、ハピアが眠りにつくまで、俺は傍に居て手を握っていた。
静かな寝息が聞こえてくると、俺は踵を返し、皆の元へ戻り宣言した。
「皆には迷惑かけるし、危険な事も分かってる。けど、友達の願いを叶えさせてやりたいと思う」
呆れた顔でガイウスが口を開く。
「どういう事か分かっているんだな? 下手をすれば俺達だけの問題では無いぞ?」
「ああ、ウィンティア王国とレイク王国との戦争になるかもしれない。それに、神聖王国の動き次第では四ヵ国の均衡が崩れかねない事態にもなるかも」
「もう良い……。それで、何か考えがあるのか?」
「ああ、それは――――」
そう言いかけた時、頭上で木が軋む音が聞こえた。頭上という事は、この住居内に誰かが入って来たという事だ。それも、一人二人の足音では無い。
その瞬間レスターは、人差し指を立て静かにするように促してくる。
明かりが漏れないように、入り口から近い所から燭台を消して回る。俺達は固唾を呑んで頭上の足音を聞き息を潜めた。
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