六十一.隠れ家
ハピアと合流出来たのは良かった、再会を喜ぶ時間はそう長くは無い。
末端の兵達には、ヴィクトールの言っていた事を理解出来てはいなかっただろう。ハピアの存在を知らないみたいだった。しかし、オルタナ女王がヴィクトール達を確認すれば目当ての存在が居ない事にすぐさま気付く筈だ。
ハピアの居場所を突き止めるまでは、ヴィクトール達の命は保証されると思うが、先程の騒動の全容を王女が聞けば、いずれハピアがこの街に居る事に感付くだろう。
兎に角この通りに居ては目立つ、俺は一旦宿屋へ戻ろうと思い至った。
この寒空の中、俺は着ていた外套をハピアの特徴的な翠色の髪を隠す為に脱ぎ、優しく被せてあげる。
俺達が宿に戻る途中で、一通り探し終えたミズキ達とも合流出来た。
「宿に戻るのは止した方が良い。この大人数で出入りを繰り返しては目立っていたに違いない。俺に付いて来てくれ、良い場所があるんだ」
「だけど、レスター。あんたは、ヴィクトールの親族だろ? 一番に疑われるのは、あんたじゃないのか?」
柴田が珍しく的確な問いを突き付けるのに驚きながらも、その疑問に賛同した。
「大丈夫だ。俺の家に行く訳じゃ無い。以前用意していた秘密の隠れ家だ」
俺達はレスターに案内され着いた場所は、普通の住宅街にある一軒家だった。
中に入ると家具は一式揃ってはいるが、特に手入れされた様子も無い。どうやら、空き家の様だ。
レスターは、徐に観音開きの衣装棚に近づき大きく開け放つと、棚の背面に位置するであろう板を優しく奥に押すと下階へ通じる階段が現れた。
「こっちだ。今明かりを点ける」
レスターは懐のマッチを取り出し、慣れた手つきで壁際に置かれた燭台へと火を灯していった。
すると辺りは、かなりの広さで保存食の備蓄部屋、剣や甲冑の武具庫、酒樽が敷き詰められた貯蔵庫等があった。
酒樽はレスターの好みだろうが、多くの兵達が寝泊まりするには困らないであろうと思われた。
「この場所は一体……?」
「ここは――。その前に、この子は眠たそうだ。奥の部屋に連れて行ってくれないか?」
気が付くと今にも重たい頭を地面に打ち付けんとするほどに、船を漕いでいる様子が伺えた。俺達と再会出来た事に安心感を覚えたのだろう。
その様子を見て、ミズキが俺の手からハピアを連れ出し、奥の部屋へと誘って行った。
「話し合いの前に、宿屋に置いてきた荷物を取りに行ってくる。あそこにはもう戻らない方が良いだろう。メグミンと柴田は付いて来てくれないか?」
ガイウスは柴田達を連れて一時、宿屋へと戻って行った。
それを見送った後、俺はミズキの傍に行き、丁度寝付いたハピアの寝顔を見ていた。
レスターの話を聞く前は、ハピアは唯の女の子にしか見え無かった。しかし、先王の娘と言う事は、この国の王女という事だ。ヴィクトール達が命を懸けて守ろうとしている。
この小さな体には、とても抱えきれる問題では無い。母の死に対してもそうだ、とても真実を伝える事など出来はしない。
何も知らぬまま、村娘としてただ平穏に暮らしているのをどうして邪魔しようとするのか?
そう考えると、オルタナ女王に対して憤りを感じられずにはいられなかった。
その思いを察してか、ミズキが優しく手を重ねて来てくれた。
そうしている事で、不思議と気持ちが穏やかになった様な気がした。
コンコンと、入り口付近の壁をノックする音が聞こえて振り返ると、レスターが立っていた。
「あー、邪魔して悪いが、ガイウス達が戻って来たぞ」
俺とミズキは少し照れた表情で、呼ばれるがまま皆の元へと戻った。
「宿屋はもう引き払ったが、俺達の馬車はどうする事も出来なかったから、この街に居る事は直ぐにわかるだろう」
そう伝えて来るのはガイウスだった。
「荷物ありがとう、みんな。それで、レスター。この場所は何なんだ? ハピアに聞かれてはいけない事なのか?」
先程口籠ったレスターに対して、気になった質問をぶつけてみた。
「ああ、俺達近衛騎士団……、反逆者として隊長が捕まった手前、元になるが、ハピアには平穏に暮して欲しいと願っている。王妃託された事になるしな」
「それで?」
「最初の頃は、皆オルタナに対しての憎しみから、噂話で囁かれている様に反乱を起こそうと密かに動いていたんだ。その名残の拠点がここだ」
「なるほど、ハピアの前で説明出来なかった訳だ。それを言えば、ハピアの出生から話さなくてはならなくなる」
レスターはガイウスに向かって軽く頷いた。
「まあ、今となってはそんな事を考える奴は俺達の中にはいないさ。月日が流れるにつれて、ハピアの成長を見たい奴らばかりさ。だけど……、もう、隠し通せない所まで来ている様だな」
確かに、レスターの言うように、ヴィクトール達が捕まった事を説明するには避けては通れない。それに、ハピアが何故この街に居るのかにも疑問がある。
レスターは酒樽を開け、コップに並々酒を注ぐと一気に口の中へと放り込んだ。
「何にしても今日はもう遅い、明日ハピアの話も聞かないとならないし、今後の事もある。もう休もう」
酒臭いため息を吐きながら、テーブルに座り込み酒盛りを始めるレスターを残して俺達は各々身体を休める為横になった。
明日からどうなるんだろうか? 願わくば、ヴィクトール達に前と変わらない平穏な日々が訪れて欲しいと思い瞼を閉じた。
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