五十六.酒浸りの男
レスターは、俺の振舞った酒をグビグビと喉へと流し込み、勢いよく息を吐きだした。
「兄ちゃん若そうに見えるが、世渡りって物を知ってるじゃないか」
いやいや、あれだけ催促されては誰だって気付くだろうと心の中で突っ込んでおいた。
「それで? 何を聞きたい?」
そうだな……。ヴィクトールさんの事を聞いても個人名だけでは漠然とし過ぎているし、オルタナ女王の事を聞きながら話を広げて行くのが妥当かなと思い至った。
「あの女か……。何処から話すかなー、結構長くなるかもなー」
目線がコップへ注がれながら、更に催促してくる。俺はいちいち注文するのが面倒になり樽で持ってきてもらった。
レスターは歓喜の表情を浮かべながら、饒舌に話し出した。とても、一日中酒を飲んでいる奴の姿とは思えない程だった。
数年前のウィンティア王国の統治者は王であったそうだ。
先王には正妃がおり、その間にはまだ赤子の王女がいた。生まれた時には国を挙げてお祝いをしたものだと、懐かしむ様に天井を見上げて話していた。
そんな仲睦まじい様子とは裏腹に、王は正妃の妊娠中にどこから見つけて来たのかわからない妾を愛でていた。
その妾こそが、今のオルタナ女王だとレスターは告げてきた。
王なのだから妾を取る取らないは、さほど気にする事では無い様に思える。前居た世界でも殿様と大奥といったシステムがあったくらいだから、血筋を残す為には大事な事なのだろう。
「そんなところだ」
「その後どうして女王になるんだ? 例えば王が崩御したとしても、正妃それに王女が居たんだろ?」
「この話で面白い所はその事なんだが……。見ず知らずの奴に話すのはちょっとな」
それを言われては、こちらの事情も少し話さないといけないか……。レスターがオルタナ女王又は、神聖国に繋がっている事かもしれないが……。
「ヴィクトールという人物を知っているか?」
その人名を聞いた途端、レスターは立ち上がり俺に迫ってきた。
「その名前をどこで聞いた!? ん? お前の持っている剣見せてみろ!」
唐突にテーブルに立て掛けていた俺の刀を手に取りじっくりと観察し始めた。
突然の事で俺はただ眺めている事しかできなかった。
「これはヴィクトールが造った物だな?」
何で分かるんだ? と尋ねる間もなく、レスターは自身の持っている剣を俺達の前に突き出した。
「ここに印があるだろう? ヴィクトールは自分の造った武器には必ず付けるんだ。一種の自分への戒めの為らしいが――」
確かにレスターの言っている印が俺の刀に付いている。柴田にも付いているのかと確認すると同じものが刻印してあった。
「レスターさん……あなたは?」
「俺はヴィクトールの弟だ。お前達こそどういった繋がりなんだ? あいつは今どこに居る?」
皆と顔を合わせる。背丈は確かに似ているかもしれないが、顔は髭が生えており良く確認出来ない。
「親族だと言う証拠はありますか?」
「あいつ……兄に合わせてくれたら分かるはずだ!」
そう懇願するレスターさんには悪いが、やはりヴィクトールさんとの繋がりが不明瞭な人に易々と教える訳にはいかない。
「残念ですがそれは出来ません」
レスターさんは肩を落とし、顔は俯いたままになってしまった。
これで、有力な情報収集先が無くなったなと思っていると、目の前のレスターさんの様子がおかしい事に気付いた。
最初は肩を震わせ、泣いているのかと思ったが次第に笑いを押し堪える様なものへと変化し、いきなり腹を抱えながら天高く笑い出したのだ。
呆気に取れれてその様子を見ていると、大分落ち着いたのかその口が上下に開いた。
「あー、すまない。ヴィクトールから伝鳥が届いてな、お前達の事を少しばかりからかってみたんだ」
状況が読めない俺達は、レスターさんに説明を求めた。
「ここからは、長くなるからな俺の家へ移動しよう」
夜も大分更けていて、月の明かりで舞い落ちる雪が照らされ、光り輝く落ち葉の様だ。
「ショウ、あいつを信じて付いて行って大丈夫か?」
用心深いガイウスが俺に告げてくる。確かに一理あるが、先程話した感じでは悪い人には思えなかった。
「まぁ、何とかなるだろう」
その話が、ウィンティア王国の中枢を崩壊させる事に繋がるとは今の俺達には想像もつかないでいた。