五十四.疑問
朝から晩まで祈りを捧げて、寝るを繰り返して早くも数日過ぎた。
ガイウスには悪いが、柴田の言っていた意味がようやく分かった。結論から言おう、地味だ。
そして、同伴者がする事と言えば食事の用意と、洗濯、その他誰にでも出来そうなものばかりだ。
元ニートの俺でも、これは苦行の部類に入ると思う。
最初は目新しくてガイウスに付いていたが、もはや雑務の時以外は部屋から出ていない。ベットでゴロゴロとただ一日過ぎるのを待つのみだ。
それが、祟ってかある日から昼夜逆転してしまいそうになり、ガイウスの儀式が終わってから俺は身体を動かし、眠る為聖堂内を少し徘徊する事にした。
ランタンを片手に、凍てつく廊下を一人徘徊する俺は、傍から見ると、とても怪しいの一言に尽きるだろう。
そんな事を自問自答しながら、歩き続けると壁画が刻まれた部屋付近に辿り着いた所で、声が聞こえてきた。
どうやら、その部屋で誰かが話をしているようだ。一人は司祭の声に似ているが、もう一人は女性? の声色に思える。
神を崇拝する司祭が女性を連れ込んで、如何わしい事をするのかと胸に期待を膨らませ、悪い事だとは思っても面白そうなので聞き耳を立てる。
「この様な夜更けに、来られては怪しまれます」
「この日を待ちわびていたのよ」
おお! 遠く離れた二人は連日手紙でやり取りを行っていた。しかし、片や神仏に身を捧げる身! 好意は持っていても許されぬ恋! だが、相手はそれでも構わないと強引に迫ってくる! どうする司教!?
何て事を脳内作成しながら、会話にイメージを盛り付けていく。
「明日、手元に届く様に手配してましたのに、苦労が水の泡です」
「彼のねちっこいやり方は好きになれないの。私の様にすれば良いのよ」
「貴方様の方が私は恐ろしいですが……。まぁ、取合えず渡すものは渡しておきましょう」
ん? 何やら考えていた色物語とは方向がズレて行っている様な気がする。
物を漁るような音が、静寂に包まれた部屋から聞こえてくる。
「これが新しい物ね? 効果はどの程度上がったのかしら?」
「以前の物とは比べ物にならないとだけ聞き及んでおります」
「以前ね……。ところで、もう一つの方はどうなっているの?」
「それについては今だに報告がありませんが、ある方角に向かった者達だけが戻ってこないという不思議な事が発生してますので、あと少しかと思われます」
この凍てついた廊下で、額や脇に汗を滲ませているのは俺くらいだろう。唾を飲み込む音でさえ中の二人に聞こえるのでは無いかと考えてしまう。
「ああ、やっと念願が果たせそうでゆっくり眠れそうだわ。あのヴィクトールの絶望した顔が見たくて仕方が無い」
「それでは裏口までお送り致します。オルタナ女王陛下」
不味い! 咄嗟に近くにあった壺の中へと身を隠し、ランタンの灯りを吹き消した。扉がゆっくりと軋む音が聞こえ、同時に二人分の足音が暗闇へと吸い込まれるように消えて行った。
俺はしばらくその場所から動けなかった。頭の中を巡らせ、先ほど聞いた話の重要そうな所をピックアップし、ゴーン村での違和感の意味を考えざるを得なかった。
この国の女王が、ヴィクトールさんを探している事、それに神聖国が関わっている事、ヴィクトールさんとの約束。
ヴィクトールさんは、居場所を知られたく無さそうだった。それは、王女がヴィクトールさんを探していたからか? いや、そもそも俺の知っているヴィクトールさんとは全くの別人かもしれない。
それと神聖国に何の関係があるのか? 女王が司祭から渡された『物』とは何なのか? 以前の物と言っていた事から、ここ最近の話ではなさそうだ。しかし今はまだ判断材料が少なすぎる。
身体を動かして、安眠出来る様にと思っていた筈だったけど、今日はあまり寝付けないかもしれない。
壺から出て、廊下の窓から外を見ると、白い粒が左右に舞い降りている光景見えた。
「おや? ショウ殿でしたかな? こんな夜更けにどうされました?」
思わず声が出そうになるのを飲み込んで、声のする方へ視線を移すと司祭が凝視していた。
先程の話を聞いていた事を悟られるとどんな目に遭うかわからない。心を落ち着かせ、平常心を装うんだ。
「いや、雪が降っているのを見たくなって部屋から出て来た所です」
「そうですか……。お身体を冷やさない様に、神から受け賜わった恩恵ですから……ね」
司祭はそう告げて、踵を返し再び暗闇の中へと消えていった。
先程のやり取りで、恐らく司祭は俺を疑っているだろう、俺の手に持つランタンの灯りが消えているのに気付いていながら触れてこなかったのだから。
この聖堂にいる間は、盗み聞きした話をガイウスにするのは危険だ。ガイウスの儀式が終わり次第、皆と合流し、この事を伝えよう。
結局身の危険を感じながら、安眠する事は出来ないだろうと、肩を下げながら自室へと戻った。




