五十二.共有か? 供給か?
「ショウ、起きて。出発する時間だよ」
ミズキの優しい声に誘われて、俺はゆっくりと目を開けた。
かっこいい感じに纏めてはいるが、ただの寝坊だ。
眠気眼を擦りながら、井戸へと向かい顔を洗う。
すると、凍てついた痛みが顔中に広がり、俺は真の意味で覚醒するのだった。
「起きたかショウ。早く身支度を整えろ」
「おはようガイウス。他の皆は?」
「もう入り口で待ってるぞ」
呆れた溜息混じりで急かす様に促してくる。
まあ、身支度と言っても、装備を身に着け外套を羽織るだけなので、そうは時間は掛からなかった。
昨日の時点であらかた馬車へ要るものを積んでいたおかげだ。
村の入り口に赴くと、村人の集まる中にヴィクトールさんの姿があった。
残念ながら、ハピアの姿は見当たらない。
「おはようございます。ヴィクトールさん」
「おはよう。ハピアにも声を掛けたのだが、朝食にも顔を出さずに籠りっぱなしじゃ」
「そうですか……。では、代わりに俺達はずっと友達だと伝えておいてください」
ヴィクトールさんは大きく頷いた。
「昨晩の約束の事、頼みましたぞ」
「はい」
別れを済ませ、俺達は王都ウィンドヘルムへと馬車を進めた。
遠くに見える山々の上空にはどんよりとした雲が連なり、山の天辺付近には白い粉が塗してあるかのように見えた。
徐にガイウスが口を開いた。
「これは、王都で足止めを食らうかもしれないな」
「どうして?」
メグミンが不思議そうな声で尋ねる。
俺はメグミンの格好を見て吹き出しそうになった。自分の姿を見たら馬車が進めなくなる理由なんて察しが付きそうだと思う。
幾重にも布を身体に纏わせ達磨のような恰好をしていたのだ。
「理由はそれだよメグミン。積雪か道の凍結で進めなくなるって話だろ?」
ガイウスに目配せを送ると、その通りだと返してくれた。
「そりゃショウ達は色んな意味で温かそうだよ。ミズキと二人で、仲良く一枚の布で密着してるんだから」
メグミンの言う通り、俺とミズキは肩を寄せ合い互いの体温を逃がさない様にしていた。
これだけ近ければ、変に体温が上昇し、温かいのは必然、実に効率的だろう?
「メグミン……柴田が寒そうにしてるぞ」
「そうだ! 私も柴田とくっつけば温かくなるかも!」
じりじりと、達磨の様になった体躯をにじり寄せ柴田に近づくメグミン。
「やめろ! 俺は一人でも十分温かい!」
「まあまあ、可愛い女の子が傍に近づいてくれるんだから邪険にしなくて良いんだよ?」
「それは、ありがた……。いや、俺から奪うのが目的なんだろう? 体温を!」
「ふふっ、サービスの対価に、うちは手に入れる! とーう!」
メグミンが柴田を射程に捕らえ、勢いよく飛び掛かる。
馬車内で逃げ場のない柴田は、押し倒される格好で容易にメグミンに捕まった。一人で温め続けた至福の温度を手に掴むかのようにメグミンが触れた瞬間。
「冷たっ!」
広大な荒野のど真ん中で、その一言が虚しく発せられた。
しかし、柴田は諦めていなかった。自身の身体は、もはや死に体のありさまだ。
そこで、思い至ったのだろう。どうせ、ここで終わりなら前に進むしかないと……。
柴田の左手がゆっくりと向かう先は、メグミンのしなやかな太腿では無く、発展途上を思わせる胸部に狙いを定めたようだ。
そう、柴田はどさくさに紛れて、ラッキーハンドで掴み取ろうというのだ。一時の思い出を。
緊張が走る。俺は固唾を呑んでその一瞬を見守る事にした。自然と自分の事の様に体に力が入る。
「あっ、柴田君。それは、メグミンも怒るから駄目だよ」
ミズキの一言により、緊張の糸が一瞬にして解けた。柴田の表情は絶望の二文字が浮かび上がっているのが見て取れる。
結果、未遂とはいえメグミンにビンタされ、馬車の隅で小さくなった柴田に、心揺さぶられた俺はミズキの隣から離れ柴田に寄り添った。
そう、初めからこうしてペアを組めばこんな事にはならなかった。
「ごめん柴田。そして、ナイスファイトだった」
小声でそう伝えると、小さくガッツポーズを返してくれた。




