四十五.猫の手 再び
少年の後を付いて行くと灯りがはみ出した建屋があった。
辺りはすっかり闇に溶け込んでおり、俺達を照らし出すのは月明かりのみだ。
建設途中のエリアという事で、変更に変更が重なり迷路のように入り組んだ先にある場所だ。
少年が出入り口の扉をノックすると、本人達しか分からないであろう掛け合いをしている。
ようやく扉が開くと、少年は俺達に中へ入る様に促して来た。
俺はここで更に警戒を強める。
いくら顔見知りと言っても以前敵対関係にあったのだ。
逃げ場を無くされ襲撃してくるかも知れない。
少年を疑う様な事をしたくは無いが、こちらにはミズキがいる。
どうしても慎重にならざるを得ない。
ミズキに目を配ると、本人も分かっているみたいで真剣な表情で頷いてくる。
それを確認した俺は、ゆっくりと建屋の中へ歩み出した。
そこには他の子供達やお母さん達がいた。
前に見た時よりも人数が少なく感じるのはきっと気のせいでは無いのだろう。
この街まで来るのにきっと色々あったのだ……。
「珍しい客じゃねぇか!」
奥の方から皮肉とも取れる呼び声で俺は視線を移す。
そこには、ニヒルな笑みを浮かべたハインドが立っていた。
「こんな所に何の用だ? 俺達を兵士にでも引き渡すのか? 王都の英雄様よ」
やはりギルドで依頼を受けた事は筒抜けの様だ。
「場合によっては……。少し話せないか?」
俺がそう告げると、顎で奥へと案内された。
ハインドの他には誰もいない、他の連中は外で見張りでもしているのだろうか。
奥にはランタンの灯りを囲む様にして樽や木箱が置いてあり、その一つにハインドが座ると俺達にも座る様に促して来た。
「それで? 俺の腕を切り落とした男が何の用だ?」
あの商人から買ったであろう義手をヒラヒラと見せながら尋ねてきた。
痛々しい、だが、あの時の選択は間違っていなかったと思いたい。
「お前が奴隷を国外に出しているって事で間違い無いのか?」
「そうだぜ」
「何の為に?」
「そりゃ、俺が盗賊団の首領だからに決まってんだろ? あのチビ共を他国で売って金にする為さ」
どこも悪びれる様子もなく吐き捨てた。
前の俺ならば罵倒し、殴りかかっただろう。
ただ、ハインドにミズキが捕まった時、俺の攻撃が直撃する瞬間、ミズキを庇った様に見えたのが、俺の心に残っていた。
それにハインドの顔には無数の傷跡がある、以前垣間見た時は無かったと思う。
何か理由があるのでは無いか? と、思案していると声がかかる。
「犯人が判ったところで、俺を捕まえるか? お前にはこの腕じゃ太刀打ち出来ねぇ。いや万全でも無理かもな」
「もう一つ聞いても良いか?」
「何だ?」
「どうしてシュバインと争ってまで連れ出したんだ?」
それを聞いた時ハインドの余裕のある表情は一変し急に苛立ちを現した。
「っ……。お前も楯突いたって聞いたぜ、そこのお嬢ちゃんが同じ目に遭っていたらどうする?」
「当然立ち向かう。何があっても」
俺は隣にいるミズキに視線を移しながらそう言った。
「……だろうな。前会った時よりかは進展してるみたいだ。良いぜ、教えてやる。チビ共はお前に恩が在るみたいだしな」
ハインドはゆっくりと語りだした。
「血筋で言うと俺もシュバインの子供だ。彼奴は知らないみたいだったがな。猫の手の連中は大体そうだ。驚いたか? 要は、あの町で虐げられた連中は、皆俺の家族なんだぜ」
それからハインドは、今まで誰にも言わなかったであろう想いの丈を語りだした。
次から次へ街の片隅に送られてくる母達、そして自然と増えていく兄弟、姉妹達に、少しでも産まれて来て良かったと思わせてやりたいと想い、憎い父親シュバインに取り入り盗賊の仕事を始めた事を……。
俺達との戦いが、ハインドにとっては良い節目だったそうだ。
それなりに、猫の手も大きくなり、シュバインを介さなくても自分達で何とか出来る様になっていた。
そこで、反旗を翻したのは良かったが、シュバインの奴は、今までさんざん美味い汁を啜っていたくせに、反抗された途端に、手のひらを反すように、討伐隊を組織し執拗な追っ手を差し向けてきたそうだ。
そして、猫の手の盗賊達の大半の屍を置き去りにしながら、このボダニの街に着いた。
隣では、ミズキが声を啜っているのが聞こえる。
「そうだったのか……」
「話は大体そんな感じだぜ、俺達はこの国では生きていけない。だから、密入国してるって事だ」
「だけど、このままじゃガルバ卿に捕まるのは時間の問題だ」
「そうだな……。性急に事を進めすぎたか腕と一緒に運まで切り離されたかのどちらかだな」
冗談交じりだったがもはや、成す術は無いと言わんばかりに、俺達が入ってきた扉の方へと遠い目を向けた。
「ショウ。私は何とかしたい」
ミズキが目を拭いながら決意を固めたようだ。
話の内容が同情を誘う嘘かもしれないとは、頭にもない感じだ。
まあ、俺自身は最初から手伝える事があるなら手伝いたいと思って、ハインド達を探していた。
ミズキの事もあるし、恩には恩で返したいと思っていた。
あの時、ミズキを盾にされていたら、今隣にはいなかったのだから――――。
「ああ、もちろんだ」
「はっ、どうするっていうんだ? 俺達はお尋ね者だぞ?」
ハインドのいう事は、もっともだ。
だが、俺には考えがあった。問題は、ガイウス達の説得と、ガルバ卿の動き次第だろう。
「まあ、任せとけよ。明日の午後にはウィンティア王国だ」
「そう言って、ガルバ卿に差し出すつもりなんだろ?」
「同じ相手に剣を向けた同志じゃないか疑うのか?」
「……頼む」
その言葉を胸に刻み、俺達はハインドと別れ、ガイウス達のいる宿屋へ戻った。
夜更けまで二人きりで何してたんだと、勘繰られたのは言うまでもない。
更新が遅くなりすみません。
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