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四.初めての住人

 「清水君! 清水君起きなよ!」


 誰だよ、勝手に部屋に入ってきて、俺を起こすのは。


 突然顔に冷たいものが覆いかぶさったので、俺は飛び上がった。


 「やっと起きたっスね」


 吉良がニヤつきながら、ぬれた手を服で拭きながら俺をみている。


 それを神崎さんが、呆れた顔でため息をついていた。


 どうやら、寝坊してしまったようだ。皆は既に準備万端といった具合で、俺に視線が集中していた。


 準備といっても、何も持っていないので立つだけなのだが。


 俺はそんな雰囲気を払うかのように軽く咳払いをしてから立上る。


 「それじゃあ皆、昨日のペースだと今日の夕方近くには麓の建物までいけるだろうから、頑張ろう」


 神崎さんの合図とともに皆が一列になり、後をついて行く。


 昨日までは特別意識していなかったが、柴田の位置が変わっている。


 昨日は瑞希ちゃんの前を歩いていた柴田であったが、今日は前のほうで神崎さんと千石に挟まれる形になっている。


 瑞希ちゃんは夏美さんの後を、ついて行く形だ。後ろから見ていて、なんだか姉妹のような距離感だ。


 事情を知っている俺はあからさまに感じるが、他の人達は疑問に思っていないようだ。


 ちなみに俺の前は吉良と佐原さんだ。


 佐原さんとは、あまり話した事が無かったな。道中暇だし話し掛けてみるか。


 「佐原さん、しんどくない?」


 歩き始めて数十分しか経ってないのにこの質問は、コミュ障以外の何ものでもない。


 静かな森に、恵ちゃんの高笑いが響き渡る。


 「まだ、疲れるまで歩いてないよ。うち、結構運動には自信あるから大丈夫! ありがとね」


 俺のくだらない質問に対して、元気いっぱいに返してくれる佐原さんに心の中で感謝した。


 「佐原さんって、よそよそしいからさ、メグミで良いよ。友達からもそう呼ばれてるし。私もショウって呼ぶから」


 女子に呼び捨てだと! 俺にも数々の青春時代が訪れたが、女子と触れ合う機会は年々失われていった。フリーターになってからはもちろんの事、その以前にも近しい女子が出来た事は無い。


 名前とはただの固有名詞だ、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラみたいな判別をしているだけだ。俺は意気込んで名前を呼ぶことを決意する。


 「め、め、め、めぐ……メグミんんんんんんっ!」


 名前を呼ぶ事に一生懸命だった俺は、不注意で足を滑らし変な言葉を口走った。


 「メグミン……いいね! 皆のもあだ名付けよう!」


 俺の心配もなしに恵ちゃん、もといメグミンは盛り上がった。


 「じゃあ、生はショウで決まり」


 俺のはあだ名でも何でもない、しかしあだ名とは不思議なもので、大体呼びやすいか雰囲気で決まるので俺の呼ばれ方も違和感はない。


 俺の思ったとおり、周りで聞き耳を立てている皆も軽く頷いている。


 「夏美さんはナッチャンでいい?」


 夏美さんは、任すよと手で合図する。


 「次は吉良君、吉良君は~」


 すかさず、俺は口をだす。


 「チェキラ……がいいと思う」


 吉良は、目を丸くして呆けに取られている。


 「チェキラ良いね! それっぽいよ、雰囲気つかんでる! いつもクネクネしてるもんね!」


 メグミンが同調したことにより周囲から、くすくすと微笑が聞こえだす。


 これはもうチェキラで確定した瞬間だった。


 「神崎さんはカオル君で、瑞樹ちゃんはミズキって呼びたいからミズキ」


 もう飽きたのかネタ切れなのか適当になってきた。千石君が羨望の眼差しでこちらを見ているのでメグミンに促す。


 「千石君は、軍曹が似合うと思う」


 メグミンは、わかっているね。俺もそう考えていた。皆も異論は無いかのように頷く。


 軍曹本人もうれしそうだ。


 おっと、まだ一人あだ名をつけていない奴がいるな、柴田だ。


 再度促すように、メグミンを見る。


 「柴田君は柴田君でいいんじゃないかな」


 どこかバッサリ切り捨てた雰囲気で、メグミンは断言した。


 それに対し、柴田は返す刀のように切り返した。


 「俺はお前らとなれ合う気はない、呼び方なんてどうでもいい!」 


 「あー、皆疲れてきてないかい? 休憩しようと思うんだけどどうかな?」


 変な雰囲気になりかけたところで、カオル君が防ぐ。


 確かに会話しながら、歩いたせいか昨日までなら休憩したであろうタイミングでも休憩していなかった。


 俺たちは各々脚を伸ばしたり、座ったりとくつろいでいる。


 川を見つけてからは、川に沿って下りていたから、水分補給に困る事は無かった。


 どうやら、この川は麓の民家がある所まで伸びているみたいだ。


 ふと見上げると太陽は丁度真上に差し掛かっていた、水を飲んでいるとはいえさすがに腹が減ってきた。


 転移とやらをして、丁度一日たったあたりか、待機組は大丈夫だろうかと元いた丘の方を見上げるが、こちらからは木が生い茂っていて何も見えない。


 「ね~、ショウちょっといい~?」


 この色っぽい声は、夏美……ナッチャンか。


 「私は花を摘んでくるから、ミズキお願い~」


 花? ナッチャンは花好きなんだ、と思いながら軽く頷いて送り出した。


 俺の隣にミズキが座る。隣といっても大人一人が寝転がれるだけの距離でおおよそ二mくらいある。


 なんか嫌われる事したかな? などと考えながらただ黙っているのも気まずいので声をかける。


 「ナッチャンって、一人で花摘みに行くなんて誘ってくれても良いのにね?」


 軽く当たり障りのない話をしたつもりだったが、ミズキがゴミでも見るような表情をしていた。


 俺は特に気にする様子無く、会話を続ける。


 「ミ、ミズキ……も花摘みに行く? 一緒に行こうか?」


 よっしゃー、比較的すんなり名前を呼べた事に心の中で喚起する俺であったが、ミズキは怪訝な表情で答える。


 「そ……そんなに一緒に行きたいの?」


 ん? まあ、花を一緒に摘みに行くくらいなら全然いい気がするけど?


 「別に嫌いじゃ無いよ? 昔は花の匂いを嗅いだり、蜜を吸ったりしたな~」


 縁側にいるおじいちゃんのように遠くを見ながら語っていると、ミズキのいる方向から泥団子が飛んできて、顔に当たった。


 「へ……変態!」


 不意に罵られ、ミズキは丁度帰ってきたナッチャンの方へ逃げて行った。


 呆けに取られていたところに、ニヒルな笑みを浮かべたメグミンがやってきた。


 「ショウも中々大胆な事言うよね」


 終始笑いを堪えて、俺に語り掛けてくる。


 「お花摘みに行くっていうのは――」


 何て言う事だ。知らなかったとは言え思春期であろう、女子にとんでもない話をしてしまった。


 直ぐに、ナッチャンの所に駆け寄り後ろに隠れている、ミズキに対して誤解だと説明するも中々理解してもらえない。


 騒ぎを聞きつけたチェキラやカオル君によって、休憩後の移動時間はこの話で持ちきりとなった。


 結局、メグミンからの説得もあり、何とかミズキへのセクハラの誤解は解けたようだ。


 一歩ずつ脚を踏み出す度、心がすり減っていくのを感じながら歩いていると、ようやく目的地に着いたようだ。


 集落へは川を渡る為の橋が架けられていた。


 道は舗装されているわけではなく人が歩いたら道になった雰囲気だ。


 川の水が田畑であろう場所に細分化されており、民家が十数件ほどあるのが伺える。それが見渡せるような位置に大きな屋敷が見える。


 とりあえず俺達は、橋を渡った直ぐ近くの家に訪ようと決めた。


 まだ日暮れには早く、寝ているという事は無いだろう。


 「すいません。どなたかいらっしゃいますか?」


 代表してカオル君が、扉をノックする。すると、奥から物音が聞こえ、扉の方に近づいてくる。


 「なんだい、まだ準備中だよ!」


 扉が開け放たれ、そこから出てきたのは四十代半ばくらいのおばさんだった。


 「見ない顔だね? あんた達どこから来たんだい?」


 訝し気な表情をするおばさんに、俺達の状況を話す。


 「私をからかっているのかい?」


 当然の反応だ、顔を左右に振りながらますます顔が曇っていく。すると部屋の中から美味しそうな匂いが漂ってきて、一斉に皆の腹の虫が暴れだす。


 その様子を見て、おばさんは顎で入んな、と部屋の中へ踵を返した。


 中は意外と広く、カウンターやテーブルが所狭しと並んでいる。

  

 どうやらおばさんの家は、食堂兼宿場らしく現在は食堂の開店準備をしている最中だったようだ。


 開店準備が一通り済んだようで、大皿にキノコや山菜の炒め物と、麦の入った粥のようなものと、水を持ってきてくれた。


 俺たちは、無我夢中で目の前に出された料理を貪った。品性のかけらも無いとはこういう事を言うのだろう。


 一通り食べ終わった所で、カオル君が口を開く。


 「助かりました。丸一日何も食べずにここまで来たものですから、改めまして私は神崎薫と言います」


 おばさんに対して、感謝の意と誠意のこもった挨拶をしたカオル君に、びっくりしたのかいきなりおばさんが床へ膝をつく。


 「これは人が悪い。家名持ちとはつゆ知らずご無礼をお許しください」


 家名? 確かに家名では間違いないが、俺達にとってはただの名前に過ぎない。


 状況が呑み込めない俺たちは、互いに目配せしここがどこなのかを確認するようカオル君に促す。


 「あの、僕たちは遠方から来たのですがここはどこですか?」


 恐る恐る問いかけると、おばさんは頭を上げずにこう答えた。


 「レイク王国のアイザック子爵の領内ベネット村でございます」


 どこだ、それ? それから俺たちは矢継ぎ早に質問を繰り返した。


 コメットさんは、知っている事を一つずつ答えてくれた。コメットさんというのはこの食堂兼宿場の女将で先ほどから俺達の対応をしてくれているおばさんの名前だ。 

 

 どうやら、年号も違えば場所も日本ではないらしい、この大陸には五人の統治者がおりそれぞれ国が分かれているそうだ。


 そのうちの一つレイク王国に俺たちは現在いるという話だ。


 家名持ちは、この国では貴族以上の地位に付与されるそうだ。何処とも分からない所で、幸いな事に言葉が通じるのだけが救いである。


 つまり、あのマッドサイエンティストの作った転移装置で俺達三十人は、元いた世界とは異なる世界、異世界に転移してしまったのだ。


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