三十.レイク城へ招待
馬車は王都のメインストリートから中央へと進んでいく、太陽が西に傾き始めた頃で窓から差す光は、目に突き刺さる。
唐突に、城へ招待された俺達は互いに呆けていると、シンシアが話し掛けてきた。
「あの……迷惑でしたか? 突然連れて行くようなことをして」
確かに、誘拐紛いに馬車に乗せられた感じはあるが、別に嫌という訳ではない。王の住む城になんて普段なら行ける筈もないのだから、心が躍りそうだ。
それに、ミズキとシンシアは二人で話し合っていたので、何を考えているのかも気になる所だ。
「いや、俺らの方こそ良いのかな? って、思う。一国の王女様の友人だなんておこがましいと言うか、実感が湧かない」
「友人だと思っていたのは私だけなんですか……」
この子は、何とも言えない胸を抉る様な言葉を投げかけてくるのだろうか。これは、わざと言っているのだろうか? 本心が見えないが、従うほか無いようだ。
「謹んで友人の称号を承りましょう」
「それで良いのです」
どこか陽気に答えるシンシアは、とても嬉しそうな表情をしていた。
「ショウ様、ミズキ様、シンシア様の我儘に付き合って頂き有難う御座います。申し送れました、私はシンシア様に仕える侍女のクレアと申します」
「我儘ってなによ! そもそもクレアが、堅いからいけないんじゃない」
二人は言い合いをしているが、向きになっているのはシンシアだけだった。
クレアという女性は、少し神経質っぽい女教師という感じで、どのような状況でも適切な判断が出来そうだと思った。
破天荒な王女様と冷静な侍女は、丁度良いバランスで溶け込んでいる様に思える。
「ところで、ミズキはシンシアに何か言われていたみたいだけど?」
「な……何でも無いよ!」
突然話し掛けられたのが、驚いたのか分からないが、必死に何かを隠そうとしている様に見えた。
「その話は駄目よ、ショウさん。これは、女の子同士の秘密なんだから」
得意げにそう言うシンシアに気圧されて、それ以上言葉が続かなかった。
「シンシア様、そろそろ到着ですよ」
クレアが、そう言うと程無くして馬車が止まり、俺達は外に出た。
見上げんばかりの大きな城は、王城に相応しい貫禄を放っていた。シンシア達の後を付いて行き王城に足を踏み入れると、執事やメイドやらが綺麗な列を成し、出迎えてくれた。
その様子を、呆気に取られながら眺めていると、執事長っぽい人がこちらへと、案内を促してくるので緊張した面持ちで、付いて行く。
客間であろう、その部屋は豪華な装飾が施されており、『触れるな展示品』と主張してくるのがわかる。
その光景に萎縮していると、シンシアが庶民服から王女っぽい服装に着替えが終わったようで、自慢の金髪をなびかせながら、俺達の前に現れた。
「お待たせ! ミズキさんの準備も出来ているからクレアに付いて行ってね!」
「え? ミズキの準備? どういうことなの?」
「ショウさんは、私と話をしながら待ちましょう。そうだ、冒険者なのよね? 旅の話聞きたいな!」
シンシアは俺の問いに答えることもなく、ミズキはクレアに付いて颯爽と客間から出て行った。
仕方なく、シンシアの要望通り俺は、ベネット村から王都に到着するまで、そして、旅の目的を順番に話し始めた。
もちろん、シュバインの事は俺としてもあまり深く思い出したくない事もあり、少し補正を掛けながら話した。
「まあ、何て酷い事をする貴族が居るのね。王都から分からない場所で非道な行いがあるとは、私から父へ進言して置きましょう」
そういってくれる、シンシアには助かる思いで一杯だが、第二、第三のシュバインがいないとも限らないので、堂々巡りのような気もする。それに、国の事は分からないが人の欲望とは下水管のように色んな抜け道を通って、潜んでいるに違いない。
「その気持ちだけで嬉しい。王族の人と意思の疎通が出来ただけで良かった」
「私が王位を継げば、そんなことの無いようにするわ!」
子供っぽい面もあるが、シンシアの目の奥には堅い意思のようなものが伺える。まだ年端もいかない少女だが、しっかりと王族の貫禄が備わっているようだ。これは現王の手腕も伺えると言う所だろう。
丁度話のきりが良い所で、客間のドアがノックされた。
「お待たせ致しました。ミズキ様の準備が整いました」
クレアと共に現れたミズキは、淡い水色のドレスを身に纏い、以前まで顔を隠していた前髪を綺麗に切り揃え肩まであった毛先は、ウェーブしており、とても大人っぽく仕上がっている。耳元には俺が渡した、水竜の瞳が澄んだ輝きで、ミズキを際立たせる。
やはり、ミズキは美人だ。昔、川辺で一瞬全体を見た事が合ったが、その時にも今のように目が離せない状況だった。
「どう……かな?」
恥ずかしそうに前髪をいじるミズキだが、顔を隠せる前髪はもう無い。そんなミズキをただ眺めることしか出来なかった。
自然と、自分の鼓動が早くなるのを感じ、頭の中が真っ白で何も言葉が浮かんでこない。
わき腹を小突くように、シンシアが小声で助け舟を出してくれた。
「早く愛しているよって言わないと」
あい、合い、愛!? 言えるか! そんな事! シンシアの過激な発言に我に返った。
「凄く似合っているよ、ミズキ。イヤリング着けてくれて嬉しい」
ヘタレな俺は、イヤリングともミズキともしれない曖昧な感じで褒めた。これが、限界だったのだ。童貞の俺には面と向って女性を称えることなど拷問に等しいのだから。
「うん、ありがと! 普段しない格好だから少し恥ずかしいけどね」
あの川辺の時は、女子高生だった子共がもう、立派な大人な女性に変貌しているのを今更ながらに、感慨深く思い返した。
あの時から、この旅に出るまでの間が一番忙しく、この世界での生活に慣れていなかったせいもあるが、俺は周りの変化さえまじまじと感じる事は無かった。現にカオル君とナッチャンの仲でさえ子共が出来るまで分からなかったのだ。
「ねぇ、ショウ。建国祭の最終日に……私と一緒にどうかな?」
「は……はい」
あれー? 何か徐に誘われて、こっちが女子っぽくなっちゃった。普通逆じゃない? でも、こんなに積極的なミズキは非常に珍しく、誘われた俺としても嫌な気分は皆目無いので別に構わない。
この様なやりとりを、ニヤニヤしながら眺めているシンシアは、とても楽しそうに見えた。クレアは、とても微笑ましい光景でも見る様にほくそ笑んでいるし、お母さんのようだ。
「その服は、私からミズキさんへの友情の証としてプレゼントです。今晩は泊まりますか? もちろん寝室は二人で一つですけど」
シンシアはこの状況を面白がって、楽しんでいるようだった。寝室が一緒だなんて、眠れる気がしないのは明白。それに、途中で別れたメグミンが心配するだろうと、言い訳をして今日の所は宿に帰ることにした。
「それは残念。もう、お二人は恩人で友人なのだから王都にいる間はいつでも、会いに来て下さいね。それと、建国祭二日目に広場でお披露目があるので是非いらして下さい。お待ちしていますよ」
あのドレスのまま、帰るわけには行かないミズキを待っている間、シンシアとそのようなやりとりをしていた。
「そういえば、ギルドでも噂になっていたが、シンシアは命を狙われているかも知れないんだろう? 広場なんて危ないんじゃないのか?」
「広場には騎士団の方々もいますし、それに私のAランクの友人がもしかしたら守ってくれるかもしれません」
何と大胆な発想だろう、暗にお披露目会場に来て私を守ってと言わんばかりだ。大きな国の上層部ともなれば身内も信じられないという所だろう、抜け目が無い所が、さすがと言わざるを得ないな。
信用してくれるのは有難いが、俺に勤まるのだろうか? 一抹の不安を抱えながらも、建国祭二日目の予定が埋まってしまった。
「王女様のお心のままに」
俺が、騎士っぽい仕草をして頭を垂れると、ふふっと、笑うシンシアだった。
丁度着替えが終わって戻ってきたミズキと共に俺達は城を後にした。
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