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三.初めての夜

 俺達が、目指すのは麓の集落なので、単純に下へ下へと降りて行けば良い。


 こうして、実際に降りて行くと中々に険しい。先程俺達がいた丘からみる限りにおいては、緩やかな感じがしたが、かなり勾配が急なところもあり、迂回しながら下りる。こうなると、方向感覚が曖昧になってくる。時折、太陽を見ては方向を確認する。この場所が、北半球か南半球かで法学は違ってくる。そもそも、俺達が知っている地球でも無いかもしれないが、太陽が沈む方角を西と定めた。


 この山道は玄人の登山家には楽勝かもしれないが、素人の俺達には山道の行進は厳しいものがあった。普段は、部屋の中を歩く程度の運動しかしていないのだ。


 ちょっと下りては休みを繰り返していると、いつの間にか薄暗く日が傾いてきた。


 暗くなっては、流石に方向が分からなくなる為、俺達は睡眠を取れる場所を探す。


 少し前に、千石君が川を見つけてきてくれたので、衛生上の不安はあったが、俺達はそれを煽るようにして飲んだ。


 何でも、千石君は軍人に強い憧れを持ち、どこででも生活出来る知識があるようだ。川の発見も地形がこうだから、この辺にとぶつぶつ独り言を言い始めて見つけてきた。


 そのお陰で喉の渇きが、癒されると共に多少の空腹感を和らげる事が出来た。


 俺は朝食しか食べてない。一日程度なら何とか水を飲みながらでも動けるだろうが、数日となると流石に厳しい。丘上に残った人達はなおさらだ。水を確保出来たとはいえ、俺達の状況は左程変わらない。川で多少腹が膨れても圧倒的食糧不足に道具もない。何より情報不足が致命傷だ。


 以前は部屋から一歩も出ずにネットで沢山の情報を入手出来る環境があったが、今は数時間歩き回って川一つしか見つけられない。


 俺達は、先ほど見つけた川の近くに少し開けた場所があったので、そこで睡眠を取る事にした。


 ふーっとため息をつき、寝転がろうとすると神崎さんが声を上げる。


 「皆聞いて欲しい。知らない場所で全員が熟睡するのは危険だと思う。交代で見張りをたてたいんだがどうかな? 見張りといっても歩き回るのは危険だから、違和感があれば声を掛けて起こすだけだけどね」


 暗いといっても月明かりが木々の隙間から、差し込んでいるので、全員の様子はぼんやりと確認出来るだろう。


 「神崎さんの意見に俺は賛成だ。その方がそれぞれ安心して休めそうだからな」


 俺が賛成すると、次々と賛成の声が上がる。


 「女性陣は寝ていて良いよ。提案した僕が、複数回見張り役になるから」


 この状況下でも、相手に気を使うことの出来る神埼さんはやはり頼りになる存在だ。


 柴田が文句の一つでも言いそうなのだが、何かを考え込むように、遠くをみている。


 「じゃあ最初にやらせて貰うっス。夜型で眠くないっスから」


 チェキラもとい、吉良君の発言によりざっと順番が決まった。


 一番目吉良、二番目神崎、三番目千石、四番目俺、五番目柴田、後は神崎だ。


 神崎さんが無理してそうだが、本人曰く仕事をしてた時は、三時間程度しか寝ていなかったそうなので問題ないということらしい。どんなブラック企業なんだろうか。


 俺は、勝手に決められた順番を受け入れるだけの簡単なお仕事だ。


 ほとんど初対面の人達と、寝るというのは不安でたまらないが、誰か一人でも監視人がいれば安心感が違うな、などと考えながらいつの間にか寝入っていた。


 「清水殿、起きるのであります」


 千石に起こされ、俺の順番が来た。


 相当疲れが溜まっていたせいか、まだ目が起きていない。


 「清水殿。特に異常はありませんでした。私は寝ますので宜しくお願いします」


 そう言って、ものの数分で千石君の寝息が聞こえる。何て逞しいやつだ。


 俺は静寂の中、特にする事も無いのでまた寝そうになる。その眠気を追い出す為に顔を洗おうと、その場を離れ川へと足を運んだ。


 月明かりに反射して川が煌く様は、とても幻想的だった。


 顔に掬った水を掛けると気持ちのいい冷たさが広がる。


 ふと、見張りの事を忘れて川で呆けていると、先ほど俺達が寝ていた場所から、ごそごそと物音が聞こえる。


 俺は様子を確認するため踵を返した。暗くて良く見えなかったが、黒い影が誰かの上に覆い被さっているようにみえた。


 誰だろう? じっと目を凝らして見ると下にいるのは、柊さんだ! 上に乗っているやつは俯いているせいで確認できない。


 ともあれ、襲われているのは理解できた。俺は咄嗟に近くにあった棒を拾い上げ、その場に駆けて行った。


 すかさず棒を振り上げ、馬乗りになっている奴に目がけて叩きつける。


 「うわっ!」


 相手は突然の事でひるみ仰け反った。間髪いれず俺は柊さんとの間に身体を寄せて、棒の先を相手に構える。


 すると、俯いて見えなかった相手の顔が見えてきた。柴田君だった。


 「何やっているんだ。柴田!」


 初めて生身の人を殴った俺は興奮と動揺で胸が高鳴っていた。そんな俺とは真逆に柴田は冷静に立ち上がる。


 「俺は考えたんだよ。どうせもう死ぬかもしれないんだから、好きな事しようってな!」


 柴田の下衆な笑い方を見て、察しがついた。どうやら大人しそうな柊さんで自分の欲望を満たそうとしていたに違いない。


 柊さんは、俺の後ろで小刻みに震えて泣いている。


 ざわざわと、周りが騒がしくなってきた。皆が騒ぎで起き始めたのだ。


 「どうかしたのかい?」


 声を掛けてきたのは神崎さんだ。


 俺は少し思案した。ここで、皆の前で柴田がした事を伝えると疑心暗鬼の念が生まれかねない。ただでさえ寄せ集めの集団だ。ここは穏便に済ませないと、自分達の命に係わるだろうと。


 「いえ、俺が小便に行こうと歩いていたら足元が暗くて、柊さんで躓いた拍子に柴田君を殴ってしまったんです」


 皆が、一瞬呆けるような間があったが、くすくすと穏やかな笑い声に包まれた。


 一方で柊さんは、何か言いたそうに口を開くが、それを手の平で制す。


 友達同士でも一度、不快な事があれば次もあるかもと疑心暗鬼になる。ましてや、俺達は他人同士だ。この状況下でバラバラに行動しては、全滅するのは容易いだろう。とにかく今は集落まで辿り着く事が目的。ここで柴田を糾弾した所でデメリットはあっても、メリットは無い。


 「おっ、俺は殴られたんだから、俺の番の見張りはお前がやれよ!」


 柴田は養護された事にプライドが傷付けられたみたいだ。顔を真っ赤に染め上げ怒り心頭という面持ちで、捨て台詞を吐きながら少し離れたところで横になった。


 それを見て一人、二人と横になっていく。


 とはいえ、俺一人では監視の目が少ない。神崎さんと柊さん。そして柊さんのお願いで真壁さんを誘い川の方へ行く。


 「なるほどね。コントみたいで話は面白いと思っていたけれど、そう言う事があったんだね」


 なんと神崎さんには、俺の迫真の演技はお見通しだったようだ。今後、神崎さんには正直でいようと心に誓った。


 「瑞希ちゃんに酷い事をするなんて絶対許せないわね、あんな最低な奴、置いてくれば良かった」


 瑞希ちゃんの頭を撫でながら、言う言葉にしては少々過激だが、今更いっても始まらない。


 「ところで二人は、どうしてそんなに仲がいいの?」


 真壁さんと柊さんの関係に、俺は少し前から気になっていた。


 「瑞希ちゃんは、私の妹に性格が似ているから守ってあげたくなっちゃうのよね~」


 どうやら、あの施設で柊さんがうずくまっている所を気にして声を掛けたら意気投合したそうだ。


 話が少し脱線してしまったので、集まって貰った目的を話す。


 「自分の事で精一杯な状況だけど、二人には皆を纏める力があると思うんだ。これから何かあった時に、協力して上手くフォローし合えば、グループの崩壊には至らないんじゃないかと思う」


 二人とも潔く頷いてくれる。今皆が分散するのが良くない事だと分ってくれたようだ。


 「僕は、目が冴えちゃったよ。見張りは今から僕が変わるから清水君は寝てていいよ」


 そういうと、神崎さんは颯爽と皆が寝ている場所へ戻っていった。


 俺は、今までの緊張と興奮で喉がカラカラだったので、川に跪き水を掬う。


 ぷっはー、ひんやりとした水が全身を駆け巡り、高くなった鼓動を鎮めてくれる。


 俺も寝るかと、踵を返すと瑞希ちゃんがまだ残っていた。


 「どうしたの? 柊さん寝られない?」


 俺が少し近づくと、その分後ずさる瑞希ちゃん。一定に保たれた距離感が面白く、追い掛け回したい衝動に駆られるが無駄な体力は使うまい。


 「……あ、ありがとう。……助けてくれて」


 お礼の言葉を伝えるために残ってくれたのか、可愛い所があるな。


 次の瞬間、少し強い風が吹き瑞穂ちゃんの髪が靡いた。普段は顔を隠すように垂れている髪が風に煽られ、素顔がはっきりと見えた。


 お礼を言うのが恥ずかしかったのか分からないが、軽く頬を赤く染め。普段見えない顔立ちは少し幼さも残っているが整っていた。


 普通に可愛いと思うのだが不釣合いなメガネが台無しにしている。


 「そ……それだけです」


 そういって瑞希ちゃんはパタパタと去っていった。


 俺はさらに踵を返し、川へ戻り火照った顔と身体を冷ますように水を飲んだ。

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