二十八.王都散策
今は朝だ。そして俺は正座をしている。
目の前には怖い顔をしたガイウスが立ちはだかっている。
なんでも昨晩、皆が集まったら話があったらしく、それを知らなかった俺は、ガイウスに酒を飲ませて眠らせた事が原因のようだ。
「よくも、水だと騙して酒を飲ませたな。まあ、もう過ぎた話をしてもしょうがない。俺は今から巡礼の儀式の為、おそらく建国祭が終わるまで聖堂で寝泊りするから、一旦別れる形になる。俺の替わりに他の皆にも伝えておいてくれ」
巡礼騎士は、聖堂で儀式的なものがあり、その儀式を行うために身を清め、七日間祈りを捧げなければならないそうだ。
騎士、聖堂、儀式、祈りと聞いて、横にいた柴田が、目を輝かせてガイウスに付いて行くと言い出した。他にも色々雑務があるみたいで、その申し出をガイウスは有難いと言い了承する。
その後、俺はミズキ達にガイウスの言伝を伝えた。小うるさいガイウスが居なくなると不思議と修学旅行先で、言う所の自由時間のような感覚になる。
年齢からいけば十程俺の方が上だが、この世界に置いてはやはりガイウスが先輩だ。実際教育係として俺達に教えてくれたのだから先生で、あながち間違ってはいない。
「さてと、適当にぶらついてみるか」
そう伝えて、俺達は何気なく歩き出した。
俺達は、遠目で見えた十字路の南門という場所から入り、すぐ近くの宿屋に泊まっていた。
十字路は、東西南北に延びておりこの街のメインストリートだ。そこは商店街になっており、多くの人達で溢れかえっていた。
着々と建国祭の準備も進んでいるみたいで、華やかに飾られた出店が出番はまだかと騒いでいるように見える。
「ねえねえ、このお店入ろうよ!」
メグミンに連れられ、入った店はどうやら装身具屋。所謂アクセサリーショップだった。
「いらっしゃいませ! 気になる物がありましたら声を掛けて下さい」
元気良く声を掛けてくれた店員のお姉さんは、待つタイプの人で助かる。商品を見たいだけなのに、質問攻めにしてくるタイプは苦手だ。俺はゆっくり考えたいタイプだからな。
店内は、魔鉱を宝石替わりにしたアクセサリーが、規則正しく並べられていた。
メグミンは「わー、綺麗!」などとガラスの棚に入っているのを、俺を横目でちらちら見ながら言ってくる。そのスペースにあるのは高いのだろうと察して、気付かない振りをした。
「この青く澄んだ石も魔鉱なのかな?」
「ああ、それは水竜の瞳と呼ばれる魔鉱です。どの魔獣の魔鉱かは定かではありませんが、ウォータリア地方で漁師の使う地引網に掛かっているそうですよ。潮に揉まれて、とても澄んでいて神秘的な輝きからそう呼ばれています」
ミズキが見ていたのは、眺めていると吸い込まれそうになる位、澄んだ青色のイヤリングだった。
こんなにも、綺麗なのに漁で取れる副産物なのか。値段はそこまで高くないようだ。
「欲しいのか?」
「えっ! う……ううん、私には似合わないから」
首を振りながら、慌てたようにメグミンの傍に駆け寄った。
一通りミズキ達の鑑賞が終わり、矢継ぎ早に他の店から店へと転々とする事になり、俺はちょっと休憩すると言って抜け出してきた。
前の世界の女性もそうだが、どうして一箇所で済まないのだろうか? と、呆れる感じ言ってみる。ただ、実際に前の世界でのこうした経験は無く、言ってみたいだけであった。
まあ、抜け出したのには理由がある。俺は最初に寄ったアクセサリーショップへ戻っていた。
「いらっしゃ……あら? 何か忘れ物でも?」
「いや、さっきのイヤリングを一組買いたいんだ」
そう言うと、何やら察したのか、ニヤニヤしながら少々お待ち下さいと定員は言った。すると店員はイヤリングを商品棚から取り、奥へと入っていった。
少しして、綺麗にラッピングされた小袋を持って戻ってきた。
「ラッピング代は、サービスです。頑張って下さい!」
目を輝かせて、ガッツポーズで送り出してくれた。
何やら誤解されているようだ。俺の気持ちとしてはミズキと仲直りする為のものだ。そんな風に期待されると、変に意識してしまうではないかと少し恥ずかしくなる。
外に出ると広場のベンチで一人で座っているミズキを発見した。
「あれ? メグミンは?」
「ふふ、何かスイッチが入ったみたいで、一人で見て来るって。夕方には戻るって言っていたよ」
まるで、お母さんのように微笑んだ。メグミンの方が年上の筈なのだがな。落ち着きが無い点では子供っぽいとも言える。
という事は、今から二人きりか……これじゃあ、何だかデートみたいだ。いや、何を考えているんだ俺は、さっきの店員さんが変な事を言うから、妙に意識してしまう。
そう言えば、何だかんだ誰かが傍にいて、こうしてミズキと二人きりで行動する状況は、今まで無かったな。
ミズキも同じ事を考えていたのか、俯いてもじもじとしている。
「と、取合えず、俺達も、もう少し回ろう」
「う、うん、そうだね」
ぎこちない距離感で二人は、歩き出した。
当ても無く歩いていると、気がつけば大通りから離れ、路地裏をくねくね回っていた。不味いな。変に話さなきゃいけないとか、これから何処行こうとか、考え込んでいる内に、迷子になってしまった。
いや、だからそうじゃない、デートプラン的な物を考えたりしなくて良い。今まで通り普通で良いじゃないか。そう意識を振り払うように頭を振った。
「なんか、迷子になったみたいだ」
「私も、考え事しながら付いて来たから、わからないや」
清清しいくらい素直で良い。誰か人でも通れば道を聞けるんだけどな、と困っていると女性の叫び声が聞こえた。
「誰か助けて!」
俺とミズキは、竹馬の友のように目を合わせ頷くと、叫び声がする方へと駆けて行った。