二十五.戻ってきた日常
俺は地面に伏していた。見上げると、ハインドがニヒルな笑みを浮かべている。
「ふん、俺らの言葉を信じるなんて、甘ちゃんにも程があるぜ」
その傍らには、足枷をしたミズキとメグミンの姿があった。
「なんで? 俺は勝った筈だ! どういう事だ!」
ハインドの笑みは消える事は無く。指差す方にはシュバインが立っていた。
なんで? こんな所にシュバインがいる? 一歩ずつミズキ達の方へ歩みを進める度、シュバインは下卑た表情をこじらせていた。
「やめろ! くそ! 体が動かない」
体は何処も痛くはないが、何故か動かない。その間にもシュバインはミズキ達の方へと近づいていく。
「やめろ……お願いだからやめてくれ!」
「ショウ! 大丈夫!?」
その声で俺は、はっと、意識を取り戻した。
俺の顔を心配そうに覗き込むミズキの顔があった。夢……か? そう思い辺りを見回すと先程戦闘のあった場所だった。
突然倒れた俺を介抱してくれていていたらしく、ミズキは膝枕をしてくれていた。
「すごく、うなされていたみたいだけど大丈夫?」
「なんか、怖い夢でも見ていたような……」
「ふふ、子供っぽい」
ミズキは柔らかい笑顔でそういうと、俺が気を失っていた時の事を説明してくれた。気を失っていたのは一時間程度だったらしい。
柴田とガイウスが馬を使って、塞がれた馬車を道から退けようとしてくれている。
メグミンは、一度目が覚めたが戦闘で疲れたのだろう。また寝ると言って今は馬車の中だ。まあ、見張りの件もあるし良く休んで欲しい。
改めて辺りをみると、先程までの戦闘が嘘のようだ。心地の良い風が吹き、樹木や草が揺れ踊っている。近くには川があり、この川は王都に繋がっているのだろうと想像出来た。
しかし、あの時のスキルは何だったのだろう? 王都に着いたらギルドに寄ってみよう。斬撃を飛ばすスキルだなんてあるのだろうか? いよいよ、普通の人じゃ無くなってきたな。格好良いから良いけど、柴田辺りが食いついてきそうなスキルだ。
これが、異世界名物のチートだろうかと思うも、結構ぎりぎりの戦いだったのでそうでもないかと思い留まった。
もしも、ハウンドがミズキを盾にしていたら、と考えたくも無い。本当に運が良かった。これからはもっと慎重に行動しないといけないな。
それにしても、ミズキの太股は柔らかくて気持ちいいな。少し悪知恵が働きお腹側に寝返りをうつ。そのままうつ伏せになってみると、脈打つように体躯が、ぴくんと、反応する。
「そんな事するのなら、もう知らない!」
少し頬を染めながら、急に立ち上がるミズキ。その拍子に俺は頭を地面にぶつけて悶絶した。
すると、長時間膝枕をしていたミズキは足が痺れていた様で、上手く歩けずそのまま俺が転がっている方へと、倒れ込んでくる。
危ない! 支えようと差し出した手は、二つの果実を優しく包み込む。あ、柔らかい、と気が緩んでしまった俺の手はミズキを支える事が敵わなくなった。
そのまま倒れ込むミズキの吸い付くような柔らかい唇が、俺の唇に重なり合う。
その瞬間、息をする事をやめて、お互いに目を見開き、じっと目を合わせた。
決して、わざとではない。嬉しいがこんな事があった後には必ず悪い事が起きるのだ。幸福の後には不幸が待っているのだ……あれ? 前にもこんな事があったような?
「んっ……んんっ!」
取り敢えず、二つの桃に包み込まれた手を離そうと、動かしたのがいけなかったのか、ミズキが言葉を発しようとするも口が塞がれているから声は出ない。そんな潤んだ瞳で俺を見ないでくれ。狂戦士に転生し無双してしまいそうだ。
ようやく自由になった両手をホールドアップして、事故なのだと誠意を体一杯で表現した。
ゆっくりと、重なった唇が名残おしそうに離れていく。ミズキは無言で俺を見下ろしている。 来る! Aランクのパンチが、いや今回はキックかもしれない! そう思い、悟られないように身体強化のスキルを使い防御体制に入る。
だが、ミズキはそっと自分の唇に手を当てたまま、歩き去ってしまった。
ん? おかしいな? いつもなら何かしら合っても良いものなのに少し残念だ。いや殴られたい訳じゃないけどね? 決して痛いのが好きとかじゃないから!
ミズキは初めてだったのかな。始めてだったら嫌だったよな。十歳ほど年の離れたオッサンとなんて。この世界に来てもう五年か……。二十五だった俺も三十だ。もう立派なオッサンだよ。
おーい、とガイウスが呼びに来た。
起きたのなら、道を塞ぐ馬車を退けるのを手伝って欲しいそうだ。三人と二馬力でようやく馬車を退ける。
ハインドは、俺達を襲ったのはシュバインだと言っていた。俺達に恥を掻かされたあいつは、あわよくば俺達に意趣返しをして目星をつけたミズキ達を慰み者にしようと目論んでいたに違いない。
どうしようもないクズだ。そういう奴は何度でも繰り返す。今後も注意する必要がありそうだ。
一段落した途端、柴田が目を輝かせて、俺の放った斬撃のスキルの事を根掘り葉掘り聞いてくる。実際のところ俺にも良く分からない。あの時はただ助けたいと無我夢中だったのだから。あの感覚は残っているので後で練習してみる必要がありそうだな。
ミズキは依然呆けているように見える。触らぬ神に祟り無しという言葉が当てはまりそうな気がする。
また再び、いつもの平穏な空気が馬車の中を包み込むような気がした。
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