二十四.猫の手
「待ちくたびれたぜ、おい! 野郎共!」
その声と共に、周囲を囲む盗賊達、見える限りでは二十人程度と思われる。
「俺らは、キャットハンズって言う盗賊団だ。積荷と女二人を置いて行けば見逃してやる」
キャットハンズの首領らしい人物がニヒルな笑みを浮かべながら条件を突きつけて来る。
ん? 変だな、ミズキはともかく、メグミンは床に伏している為見えない筈だが? 妙な違和感を覚える。しかし、荷物はさておきミズキ達を渡すわけには行かない。
「ショウ、分かっていると思うがこの条件どちらでも、結果は同じだ」
ガイウスの言う通り、嘘か本当か分からないが、団名まで言って顔も晒しているって言う事は、生きて帰す気は無いらしい。
当然、戦闘は避けられない。ガイウスはともかく俺達は真剣を使った対人戦は初めてだ。
ガイウスと柴田は馬車から降り戦闘態勢に入り、馬車を守るように、三角形が出来る様布陣する。
「ミズキは、馬車にいてくれ! かわりにメグミンを起こして!」
一人でも人手が欲しいが、ミズキでは魔獣さえも攻撃出来無いのに、まして人となると無理だ、メグミンも狙われているが隠伏のスキルで上手くやってくれる事を願う。
「ん、やる気なのか? まあ、俺達は構わんがな。野郎共! 女には傷付けるんじゃねぇぞ!」
怒号と共に、盗賊団の円陣が次第に縮んでくる。幸いな事に馬車にミズキ達がいるお陰で、弓矢等の遠距離攻撃は来る様子がない。
そうと分かれば、円陣が縮みきる前に行動しなければ、こちらが人数的に不利になってしまう。そう思い一気に、身体強化のスキルを発動する。
俺が跳躍し円陣の外へと移動したと同時に、俺が抜けた場所へメグミンが陣取った。
「気をつけろ! 一人動ける奴がいるぞ!」
首領が周囲の団員に向って注意を促してくる。
しかし盗賊達は、正面にはガイウス達と背後から俺が奔走し攻撃している為挟撃される形となり、乱戦の様相となった。
メグミンは混乱している盗賊を一人また一人と、不意をついて匕首の柄で気絶させていく。
ガイウスは堅実な動きと盾で、敵を上手く退けている。
柴田は……劣勢のようだ。俺は柴田に群がる敵を背後から、鞘で殴打していく。
やはり、人を傷付けるのはどうしても後一歩及ばない、自然と無力化する方法を考えてしまう。
そうやって、丁度半数近くの盗賊達が地べたに伏した頃だった。
「きゃあああああ!」
ミズキの叫び声だ! どこも、突破されてなかった筈だと思いながらも、ふと馬車のほうを見る。いつの間にか首領がミズキの首元にナイフを当て佇んでいた。
「そこの嬢ちゃんは、隠伏のスキルが使える様だが、使えるのはお前だけではないぜ」
メグミンと同様、隠伏のスキル持ちだったのか。しかも、この乱戦の最中で味方の団員を助ける為でなく、隠れ蓑として利用し的確に急所を狙ってくるとは、流石に場慣れしているな。
「こんな連中に俺らが、こんなにやられるとは思ってもいなかったぜ」
「ミズキを離せ!」
「せっかく捕まえたのに放すわけ無いだろ。おっと、お前ら動くなよ。動けばこいつの命はねぇ、と言いたい所だが俺達も仕事なんでな死なれちゃ困るから、目を一つ潰す」
ミズキは必死に抜け出そうとしているが無理みたいだ。それに聞き捨てならない事を聞いてしまった。
「仕事? 最初から少し変だと思っていたんだ! 何で馬車の中で寝ていたメグミンの事まで知っている? 誰に頼まれたんだ!」
「教えてやっても良いぜ。どうせ女達には後々わかるしな。まぁ、おおよそ検討は付いているだろうが、シュバイン男爵だ。お前ら相当嫌われているみたいだな。特にお前だ」
その指は俺の前で止まった。なんだって? 俺は唖然とした。どうして、シュバインがミズキとメグミンを襲う? いや、あの館で会った時に物欲しそうな顔をしていたのは覚えているが、それで何で盗賊が襲ってくる?
「盗賊団が、何で貴族と繋がりがあるんだ!」
「ああん? 知らなかったのか? 少しは有名だと思っていたんだがな、俺らは通称猫の手。貴族共が自分の手を汚したくない時に俺らに頼むのさ!」
「思い出したぞ! アイザック卿に仕え始めた頃、貴族間のいざこざや表だって事を侵せない場合、替わりに請負う専門の集団がいる話を聞いた。確か首領の名前はハインド」
ガイウスの言葉は、正しかったのか、にやりと笑みを浮かべるハインド。
「アイザックは俺らを嫌っているがな。シュバインは下衆な野郎で、俺らも出来る事なら請けたくはねぇが、金払いが良い。お得意様だ」
「あんな奴の所へ連れて行かせるものか!」
とは言うものの、俺の身体強化で思い切り距離を詰めたとしても、奴がミズキを傷つける方が早いだろう。一瞬の隙をつければ何とかなりそうだが、ガイウスと柴田は目の前の団員と睨み合い動く事は出来なさそうだ、と思案しているとメグミンの姿が見当たらない。
メグミンは隠伏のスキルで隠れているのか。良くやった! 後はタイミングだけが鍵だ。
「何か狙っているようだが、お前らは俺には勝てないぜ。人を殺す事も出来ない甘ちゃんだからな!」
希望の糸が紡がれたと思った瞬間、ハインドの言葉と共に俺の足元に気絶した振りをしていた団員達が、俺の足を押さえ込んできた。
しまった、これでは動けない!
「嬢ちゃんも後ろにいるのは分かっているぜ!」
ハインドは後ろ回し蹴りを繰り出した。咄嗟の出来事で背後まで迫っていたメグミンは回避する事が出来なかった。腹部に衝撃を受けて吹き飛んだ拍子に頭を打ちぐったりとした。
それを確認した他の団員達がメグミンを捕縛する。
「これで仕事は、ほぼ完了。後はお前達に任せるぜ」
ハインドは二人を連れて行こうと後ろを向き乱戦場所から離れようとしている。
このままでは、ミズキやメグミンも彼女と同じ結末になってしまう! 俺はまた誰も助ける事が出来ないのか? 考えろ、まだ間に合う筈だ。覚悟を決めろ!
俺は、深呼吸をして胆力を練る。そして身体強化のスキルを発動してから、正眼の構えをとる。
辺りは急に暗転し、俺とハインドを遮る雑多な音は聞こえない、今なら何でも出来そうな気がする。人を傷付ける事から逃げるな! 大切な仲間をせめて手の届く距離にいる人を助ける為なら! 例え他人を傷付けてでも……。
「首領! 危ない!」
その声より速く、俺は正眼の構えから一気に剣を振り上げ、鞭がしなる様に振り下ろした。
その空を切った剣圧は、周りの大気を纏いながら真っ直ぐにハインドの方へ向っていく。
ハインドは団員の声が聞こえるや否や、咄嗟にミズキを突き飛ばした。自分も避けようとしたが、どんっ! という音と共にハインドの左腕は地面に転がる。その傷口からは血が溢れ出した。
「ぐあぁぁぁ!」
ここだ! ハインドの叫び声を皮切りに俺は足元にしがみついている団員を切り伏せた。悲痛な叫びを置き去りにして、ミズキとメグミンがいる方へと駆け出す。
狼狽している団員達を難なく切り伏せてミズキとメグミンの安全を確保する。そこで片腕を押えているハインドに詰め寄った。
「くっ、新米冒険者だと聞いていたが、くそっ嘘の情報だったか。その身体強化に、斬撃を飛ばすスキルだと? 侮っていたぜ」
「これからも俺達を狙うのか? だったら、ここで終わりにしないといけない」
俺は剣をいつでも振り下ろせる位置へと持っていった。
「最初とは違う雰囲気になったな。もし、襲わないと言ったら、見逃してくれるのか? その辺が、甘ちゃんだな」
「甘いのはどっちだ。ミズキを盾にすれば避けられたんだろ?」
こいつは逃げる事が出来たのだ。いくら生かして連れて来るように言われていたとしても、身の危険を感じれば、ミズキを突き飛ばす必要は無い。躱す事が出来たのではないか。
ただ、ハインドがそういう行動に出たならば、俺は取り返しのつかない行為をした事になる。そう考えるだけで手が震え、足がすくんでしまう。
「ふん、驚きのあまりミスっただけだ。これ以上お前達に固執しても、割りに合わねぇな。命あっての商売だ。お得意さんが一つ無くなるだけの事、片腕諸共勉強代とさせて貰うさ」
ハインドは負傷した団員達を連れて近くの森の中へと姿を消していった。
俺は彼らが見えなくなるまで視線を外さなかった。反撃が無いとわかると突然緊張と疲労。そして大切な人を失ってしまう、かも知れかった重責からその場に崩れ落ちる。それを拾うようにミズキが受け止めてくれる。
「ありがと。……ごめんね。もう少し私が強ければ、ショウが……人を傷付けないで良かったのに……」
「ミズキが無事ならそれで良い」
泣いているミズキを励まし、俺は安堵した。
ミズキの胸の中で心音が聞こえてくる。自分の行動によって救えた事による実感を得ながら眠るように意識がなくなった。
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