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二.転移

 俺達の乗る車は、市街地から離れ山道を走っていた、太陽は丁度真上を過ぎた辺りか。電子機器は持ち込めないと、斉藤さんが家を出る前に言っていたので、スマホは置いてきた。どうせ連絡取合うのはバイト先か親ぐらいなものだ。そうそう、バイトはシフト制だからしばらく休むと伝えてある。


 連絡先の事で自分の心を抉りながらも、車は進んで行く。しばらく進むと開けた場所に出た。そこには軍の基地のようなスライド式の門があり守衛室に立っているのは軍人であった。その奥には、豆腐を置いたような白い建物があるだけだった。


 少し不安になっているのを意に返さずに斉藤さんが口を開く。


 「あの白い建物が試験場です。荷物を持って付いて来て下さい」


 帰りたい衝動に駆られ後ろを振り返ると、ボディーガード風の男が睨みを利かせてくる。


 とても一般庶民が太刀打ち出来そうに無い。仕方がなく付いて行くしかなさそうだ。


 斉藤さんの後に付いて数分程で、建物内の一室に案内された。そこでやっと他の参加者達と合流できた。

 

 室内は、白い壁で覆われており、出入口は先ほど入ってきた扉しかなさそうだ。


 見上げると一部にガラス張りの部分がある、手術室のドラマとかで教授とかが見下ろしているスペースみたいだ。


 俺が最後の参加者だったようで、全員の視線が集まる気がした。

 

 他の参加者達は、隅のほうで固まっている人や、寝転がっている人、泣いてる人もいる。


 俺は半ば強制的ではあったが、外に出れない程では無い。他の参加者の中には自分の部屋から出ることさえ苦痛に感じる人も要るだろう。無理やり連れ出されたとなると穏やかではなさそうだ。

 

 そう考えを巡らせていると、肩を叩かれたので振り返る。


 「君が最後の参加者みたいだね! 僕は、神崎薫(カンザキ カオル)よろしく!」


 なんて事だ。絵に描いたような爽やかイケメンだ。センターパートの小綺麗な髪形に、口角が上がる度、覗かせる白い歯がやけに眩しく感じる。


 そんな、神崎さんは現在三十五歳で、元々一流企業に勤めていたらしく諸事情でリストラされて、中年ニートになったばかりだった。


 神崎さんと、他愛ない話をしているとアナウンスが聞こえてきた。


 「皆様、大変永らくお待たせ致しました。これより自立支援シミュレーターの説明を始めさせて頂きます。上部を御覧下さい、開発を担当した研究者です」


 拍手を促すように、斉藤さんは甲高い声で紹介するが誰も拍手をする気がないみたいだ。


 壇上に立つ校長先生を見るような態度で頭上の覗き窓を参加者は注目していた。


 「あー、諸君にはこれより私の作製した、転移装置の実験体になって貰おうと思う」


 どうゆうこと? 聞いていた話と違う、周囲からもざわつく音が聞こえてくる。


 斉藤さんも、目を白黒させて動揺しているのがわかる。


 「諸君は、社会に貢献していないクズだ。最初から存在して無い様な者達だ。そんなくだらない人の為に無駄な自立支援シミュレーターとかいうゴミで膨大な金を使うよりか、私の個人的な研究費として有意義に使ったのだ。これが、成功すれば私は世界に認められることになる! 私は天才だ!」


 途端に部屋の空気が変わるのを感じた、数十人が出入口に群がり扉を叩きながら喚いている。


 確かに気持ちは分かる。俺も最後のセリフがなければ動揺していなかったかもしれない。いや、関係ないか。


 斉藤さん他数名の動揺具合からして、あのマッドサイエンティストの独断であろう事が目に見えて分かる。


 「諸君の立っている部屋全体が転移装置になっている。もう逃げる事は出来無い。諸君に理論を説明しても理解出来ないので説明は省くが、このボタンを押せば起動するのだ。早速テストと行こうじゃ無いか」


 そう言いながら徐にボタンを押すと、突然部屋全体が真っ白な光に包まれた。


 終わった。俺の人生短かったなぁ。俺の命は五百万だったのかと、そう考えると心がささくれ立つのを感じる。

 

 やっぱり、ごねて来るのを辞めとけば良かった。などと考えているうちに気を失ってしまった。


 「いやぁぁぁぁ!」


 響き渡る悲痛な叫びで、俺は目を覚ました。


 あの瞬間、死を意識した。少し立上って身体に異常がないか確認する。


 特に、身体は問題ないようだ。ん~、間違ったかな? とか言われかねない雰囲気だったからな。


 どうやら、あのマッドサイエンティストの実験は無事? 成功したみたいだ。


 残念ながら、手に持っていたはずの荷物は見当たらない。まあ、服しか入ってないので特に意味はないが。


 辺りは、自然豊かな森に覆われており今しがた寝転がっていた場所は、小高い丘のようである。


 そこには、叫んだり、泣いたりしている三十人がまばらになって佇んでいる。


 太陽の位置は、大体真上より少し傾いているので、午後二時頃かと推測する。


 「清水君。無事だったか! 目を覚まさないので心配したよ!」


 声がする方に顔を向けると、爽やかイケメンの神崎さんだった。


 「僕は最初に目が覚めてね。少し辺りを確認して周ってたんだ。短時間の間に色々あり過ぎたからね。状況の整理と確認をしておきたかったんだ」


 流石、出来る一流企業マンは違う。とっさの判断力と状況確認は生き抜く中で大事である。


 そんな神崎さんとは真逆で、俺は最後に目覚めたらしい。


 「それで、神崎さん。あの転移装置ってものが、成功したとして俺達は今どこにいるんでしょう?」


 「それは僕にも分からないよ……。ただ、そこの麓に集落らしきものが見えるんだ! 目でかろうじて見えるから、二日くらい掛かるかも知れないけど……」


 それはそうだ。神崎さんも一緒に転移したのだから知るわけがない。


 建物があるって事は、人がいるかもしれないな。ただ知らない場所で夜を跨ぐ可能性があるのは危険な匂いがする。神崎さんの歯切れが悪いのもそれを懸念しての事だと思われる。


 「日が落ちると、電気も持っていない僕達はまったく動けなくなってしまう。そこで皆に、相談しようと思うんだけど、どうかな?」


 神崎さんが提案してきたので、軽く頷いて身を任せる。


 早速、神崎さんが全員を声の届く距離まで集めて現状を説明する。


 夜は明かりが無い事、水や食料が無い事、圧倒的に情報が足りない事を掻い摘んで分かりやすく説明した。


 「……という現状だ。そこで僕達は、建物がある所まで入ってみようと思うんだけど、皆付いて来てくれるかな?」


 他の参加者達はざわざわと、するばかりで中々決まりそうにない。


 それもそうだ、集団行動がスムーズに出来るのであれば、引きこもったりしないだろう。


 周りの環境や、個々の問題もあるだろうが、非常時だからといって、協力しますといった、都合の良い話は無いと思う。


 そもそも、俺は行くとは言ってないが既にメンバーに入っているみたいなのでそのままにしておこう。


 「は~い、あたいはついてくよ。ここにいても埒明かないし、私は真壁夏美(マカベ ナツミ)よろしく~」


 何とも間延びした返事だった。夏美さんはとても大人な雰囲気で、街中を歩けば二度見してしまうくらいの存在感であった。何処とは言わないが特に一部の胸元についてだ。


 「夏美さんが、行くなら……わ、私も……」


 「あ~、柊瑞希(ヒイラギ ミズキ)ちゃんも一緒ね~」


 柊さんは、おどおどとした様子で夏美さんの後ろに隠れながら声を上げた。目元まで隠した髪は、ぼさぼさでメガネを掛けている。夏美さんの傍にいるせいか分からないが、大分子供っぽく、女子高生にみえる。


 「なんか面白そっスね! 俺も行くっス! 俺は、吉良智樹(キラ トモキ)ヨロシク!」


 茶色く染めた髪を手で搔きあげている。発言からして軽い感じが漏れていた。その場でビートを刻みそうな感じでクネクネ身体を揺らしている。心の中で、チェキラと呼ぶ事にしよう。


 「では、私も編成に組み込んで頂きたいのであります! 私は千石武(センゴク タケシ)であります!」


 丸刈りでハッキリとした口調。軍隊に入隊経験があると言わんばかりの背筋の良さに、腕まくりした服から覗く筋肉質な前腕。頼りになりそうな風貌を装っているが、残念な事にここにいる三十人はニートと引きこもり。それとフリーターの集団である。ただの軍隊オタクである事は容易に見当がつく。


 「じゃあ、うちも連れて行って欲しいんだけど。うちは、佐原恵(サハラ メグミ)だよ」


 元気ハツラツでボーイッシュな細身で、陸上選手のような無駄の無い身体。本人曰く大学生だと言う。学校では人気者になりそうな女の子だが……。そんな子がこの集団の中にいるのが不思議だ。なんて事を考えていると、叱咤するような声が聞こえた。


 「勝手に決めんじゃねえよ! 何でこんな事になってんだよクソ! あのクソババアが勝手に決めやがって!」


 声を荒げている男は、相当な不満が溜まっているようだ。無理もない。訳も分からずこんな所に放り出されたのだから。しかし、不満があるのは分かるが俺を見つめながら叱咤するのはやめて欲しい、俺は今、一言も喋っていないのだから。


 「君の言う事も最もだね。だからこうして相談しているじゃないか、付いて来ても良いし残っても良い。決めるのは君だよ」


 やさしい口調で諭すように伝える神崎さんだが、内容としては中々ハードな物言いだ。暗に責任は自分で取ってねと言う内容だ。


 当然、何かを選ぶ時には、自分で決めていると思うが人の意見によって考えが変わる事も往々にしてあると思う。


まあ、どうあれ最終的に自分が決めた事になる。


 「そんなことは分かってんだよ! ここで膝抱えて泣いてる連中と一緒にすんじゃねえ! 俺も行く……こいつらとは違うんだ……」


 名前は、柴田浩次(シバタ コウジ)というそうだ。


 本来であれば、皆で一緒に行動するのが良さそうに感じられるが、モアイ像のような表情で一点を見つめる人達も何人もいる。

 

 この人達を動かすには結構な労力と時間が必要そうなので、神崎さんは意思のある人を選出するために相談と言う投げかけを行ったのである。


 麓の建物に行く探索班が合計八人で、男子五人、女子三人だ。


 残りは、二十二人はこの丘の上で待機となる。待機とは言ったものの、どんな生物がいるかも分からない場所への置き去り。半ば見捨てたようなものだ。ただ、この環境下においてはカルネアデスの舟板が適応されるのでは無いだろうか。まあ、そうならないように集落らしき所へ行くのだけど。


 自然の山奥へ、突然道具も無しに置いて行かれる訳だから、残った人達は当然遭難である。もちろん地図すらない探索班の俺達も立派な遭難者だ。


 俺達が無事に麓まで辿り着き、安全が確保出来るのであれば、皆を麓まで連れてくる。


 「日が出ているうちに少しでも進んでおこう。これは時間との勝負でもあるからね」


 神崎さんを先頭に、後の七人が続く。


 振り返ると、先程までいた丘が周りの草木で薄暗くなっていき、完全に見えなくなってしまった。 


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