十七.トラウマ
俺達はギルドから出て来たばかりで困惑していた。
ギルドの周りを規則正しく整列した兵士達によって包囲されていたのだ。
中央には豪華な馬車が止まっており、従者が扉を開け中から誰か降りてくる。
中から出てきた貴婦人は、青いドレスを身に纏い、容姿は非常に麗しく気品溢れる所作で降りてきた。
「ガイウス! あの方は何処にいるのです?」
ん? ガイウスの知り合いみたいだが、ガイウスは呆れている様子だ。
「はっ! アイザック卿は現在農村にて業務に忙しく……」
「嘘仰い! ガイウスが来ているのにあの方がいない筈がありませんわ! あの方は私に会いたくないのでしょう?」
「そんな事はありません! 私は私用でこの城下町に寄ったのです。今回アイザック卿は一緒ではありません」
「なあガイウス、あの夫人は誰なの?」
おおよその見当はついているが、改めてガイウスに尋ねてみた。
「アイザック子爵夫人のエリナーゼ様だ」
「あら? ガイウス。その者達は始めて見ますね。それに私用とは何かしら? 嘘だったら承知しませんよ」
こんなにも綺麗な女性がアイザック卿の夫人だとは思っていなかった。俺ならこの女性を放って置いて他の女性を愛でたりしないだろうと想像すると、鼻の下が伸びていたのか分からないが、ミズキが俺の腕をつねってきた。
そんな事よりとてもこの場から去るのは出来そうにないな。ガイウスもそう感じたのか諦めを漂わせている。
「わかりました。此処では長くなりますので、アイディアール城へ伺いましょう」
そういうとエリナーゼ夫人は満足そうな顔をし、近くの兵士に来客用の馬車を手配させて、半ば連行といった具合に城へと連れて行かれた。俺達の荷物を積んだ馬車は、後ろから兵が手綱を握っている。
「やっぱり、こうなったか」
「度々あるのか?」
「ああ、これから長くなるぞ」
ガイウスは遠くのほうを見ながら呟いていた。俺には何の事か分からなかったが、良い事では無いのは分かった。
馬車の小窓から外を伺うとアイディアール城は城壁に囲われており、その廻りには水が張られている。跳ね橋を渡り、中に入る。石造りの城が露になった。庭園のような物があり、いくつもの花々が色とりどりの色彩を放っている。
「これが城かー。イメージ通りでいい雰囲気だ。王の城はもっと派手なんだろうな」
柴田の機嫌が良くなったみたいだ、楽しんでいるなら何よりだ。そっとしておいてあげよう。
俺達は馬車を降り城内に入った、執事長が皆に軽く挨拶をしてきてそれから客間に案内された。
しばらくすると、紅茶や菓子がメイド達によって、運ばれてきて準備が一通り整ったらしく、エリナーゼ夫人が俺達の前に再度現れた。
「先程は見苦しい所を見せてしまいましたね。それでガイウス、あなたの私用とはなんですか?」
夫人は、紅茶の入ったカップを手に取る。さすがは貴族の夫人といったところで、所作の一つ一つが絵になりそうだ。
ガイウスは俺達の紹介をして、騎士の巡礼の共とするため冒険者登録を行いにアイディアール城下町に寄ったのだと説明した。
「まあ、あの小さかったガイウスが騎士にねぇ。そう言えば顔つきが凛々しくなったかしら? 昔は……」
「止めて下さい、昔の話です」
俺達に聞かれたくない事でもあるのだろうか、ガイウスは被せ気味に会話を経った。
「それはそうと、あの方はいつ戻って来るのですか? 私がもう何度も手紙を送っているのに返事がありませんのよ」
「アイザック卿の心までは私にはわかりかねます」
「えっ、でも夫人が追い出したって聞きましたよ」
エリナーゼ夫人はアイザック卿が勝手に出て行った風な口調で言う物だから、メグミンが思わず口を挟んでしまった。
やってしまった。とガイウスの表情が物語っている。
「あら、詳しいのですわね。そうです。私というものがありながら、他の女を愛でるなんて許せません!」
「お言葉ですが、それには理由がありまして……」
夫人の心を静めるかのようにやさしくガイウスが、語りかけるもメグミンが投げ込んだ着火剤により止まる気配がない。
「言い訳など聞きたくありませんわ! 私には今まで一度も触れてくださらないのに、こんな屈辱は初めてです!」
こんなにも綺麗な夫人に一度も触れないのは、何ともおかしな話だ。ガイウスの言いかけた理由というのが物凄く気になる。
「始めてあった頃は……」
エリナーゼ夫人は何かのスイッチが入ってしまったらしく、出会いから話し始めた。
俺達はいつ終わるとも知れない壮大な恋物語を聞かされる羽目になり、丸三日間城に軟禁されたのだった。
何だかんだと、文句を言い放ちながらも、アイザック卿の笑った顔が素敵とか、夫人が無理難題をお願いした時に困った顔をしながらもやってくれる所が素敵とか、もう俺達はお胸が一杯だ。
聞いているこっちが恥ずかしくて、変な空気になる事もしばしばあった。
結果、夫人はアイザック卿の事が大好きなのだ。夫人の話を聞く限りにおいても逆もまた然りの様だった。だからこそ、アイザック卿の理由と言うのが気になって仕方が無い。
4日目。
大体聞き終わった所を見計らい、俺達は出発しないといけないと口裏を合わせた。その時には、すでに日は落ちていた。俺達が宿の話をしているとエリナーゼ夫人は今日も城に泊まるよう言ってくれたが、それを丁重にお断りした。
このまま泊まっていては終わりが来ないと思い、颯爽と城から飛び出した。
エリナーゼ夫人は、去り際にまた近くに来たら寄ってねと満足そうに言っていた。まだまだ、恋愛エピソードがありそうだ。
今夜は町の宿屋に泊まり出発は次の日の朝にしようと決めた。
「やっと開放された。メグミンのせいだぞ」
「ごめん、でもうちは憧れちゃうな、あの恋物語! ミズキもそう思うでしょ?」
「うん、素敵な話だったね! 特にプロポーズの所!」
楽しそうに話し合うメグミンとミズキ。それは楽しかったと思うよ。だって、夫人の話に合いの手を入れながら長引かせた張本人達だからな。
俺達男性陣には、耳の痛い話だった。一様に若干歳をとったような表情をしている。
前の世界で言う所の女子会の中に男が混じっている感じだ。話の流れはやたら速いし、いきなり関係ない話をしたと思ったら、いつの間にか元の会話に戻っている。独特のテンポが俺達の思考を停止させた。
「エリナーゼ夫人はいつもあんな感じだ」
「それで、此処に着いたら分かるとか意味深な事言っていたのか、もっと早く教えていてくれたら回避出来たんじゃないのか?」
「いや、あの書簡を衛兵に見せた時点で決まっていた事だ。それに今回は短い方だった」
そういって、空高く見上げるガイウスの目には少し光るものが見えた。
何だか人事の様に思えなくなり、ガイウスの肩に腕を回して俺達男性陣は酒場へと赴いた。
アイザック卿とエリナーゼ夫人の恋物語はまたガイウスが元気を取り戻した時にも聞いてみよう、当分は俺も聞きたくない。