百.傭兵のランウェイ
呼吸が出来ないのか、苦しそうに藻掻くメグミン。俺から一筋の汗が流れる。
森のいたるところから剣戟と雄叫びが聞こえる。カガリムさん達は援軍にこれそうには無いか。
「その手を離せ!」
相対する男は、品定めするようにメグミンを鋭い目で舐めまわす。
「ほう、顔は中々良いじゃねぇか。身体は少し子供っぽいが、この後の楽しみとしちゃ上等だな」
下卑た顔でじゅるりと自身の唇を濡らす。メグミンは一層激しく暴れるも、男がぐっと首を絞め気絶したようだった。
「この野郎! メグミンに何をする!」
「犬みたいにうるせえ奴だな、文句があるならこいよ」
そう言って男は乱雑にメグミンを地面に放った。その光景に俺は我慢の限界だった。全力で踏み込み相手の懐に潜り込む。微動だに動けないでいる男に慈悲も無く、力いっぱい逆袈裟に切り込んだ。
しかし、肉体に刃物が入る鈍い感覚はそこには無かった。切れたのは男の薄皮一枚と言ったところだ。
「っな!?」
「はっはー! 驚いたか? 良い踏み込みだったがそんな力じゃ俺を切る事は出来ねぇぜ」
奴が破れた衣服を徐に引き千切る動作を警戒して俺は後方へ飛びのいた。すると、奴の胸元が露わになった。その部分を良く見ると悍まし程に怪しく光り輝く石が埋っている事に気が付いた。
「それは、まさか魔鉱! お前は何者だ!?」
奴は溜息を吐き、首元をパキパキと鳴らしている。自信ありげな表情で口角を持ち上げるのだった。
「おいおい、礼儀も知らねえのか? ま、あの世への駄賃として教えてやるか。俺の名はランウェイ、しがない傭兵ってところさ」
ランウェイの名前や職業を聞きたかった訳じゃない。俺の意識は自然と胸に埋め込まれた魔鉱へと集中する。人体に埋め込まれた魔鉱――。それは魔人と呼ばれる存在だ。
「ん? ああ、こいつが気になるのか。この石っころの意味が分かる奴なんて早々いねぇ。てめぇこそ何者だ?」
相手の表情が若干険しくなる。俺を警戒しているのだろう。
「俺はショウ、ただの冒険者だ。少しばかり、そういう連中を知っているだけだ」
ランウェイは一度訝しんで、そして顔に影を落とした。
「そうか。お前が最近、噂に聞くAランク冒険者か。オルタナをやったのもお前か?」
俺は一瞬、心臓を握られた気がした。こいつ、オルタナと何か関係があるのか?
「だとしたら、どうするって言うんだ?」
奴は指で空中に十字を切って、勢い良く踏み込んできた。
「こいつの死をもってオルタナへの鎮魂とする!」
相手の攻撃を受ける為に俺は正眼の構えを取る。縦横無尽に繰り出される剣戟を幾度となくいなす。先程の動きとは似て非なる攻撃に、俺は反撃の機会を見失ってしまった。
っく! 強い。魔人化していない人の成りで、これか。地力が俺と違い過ぎる。どうする? 考えろ、このままではメグミンや俺――。いや、それだけじゃない。このウォータリアの王都も危険だ。
「どうした? Aランク冒険者のショウ。この程度の実力で、オルタナをやれるわけがねぇ。何か力を隠しているな?」
打ち合いの最中、余裕の表情で俺に語り掛けて来る。一撃一撃が重く鋭い。
「やけにオルタナに執着するんだな。それに、力を隠しているのはそっちも一緒だろ? どうして魔鉱の力を使わない?」
言い終わるか終わらないかの所で、ランウェイが力の籠った一撃を放ち俺は後方へ吹き飛ばされた。刀を伝って手に痺れが残る指先にぐっと力を込める。
「オルタナは哀れな女性だった。それに、この力は宿願の為の力だ。今はまだその時じゃない。それに知っているか分からないが、この力を使えば人の身体には、二度と戻れはしない」
オルタナの名前を出す時には苦々しい表情を浮かべて、後半には怒気を滲ませる声色がのっていた。この人はもしかしたら――。
俺は構えを解いて、ランウェイに語り掛ける。
「オルタナは……自分から命を差し出したんだ。自身が残した汚点に身を委ねて――。醜い姿に肉体を変えて、もう戻れないと悟っていたのかもしれない」
同じく構えを解いたランウェイは寂しそうにみえた。
「そう……か。オルタナは辛そうにしていたか?」
「いや、全てを受け入れている感じだった」
「そうか」そう言ってランウェイは、剣を鞘に納める。すると、ランウェイの傍に一人の男が近づいて何やら報告をしている。
それを聞いたランウェイは被りを大きく振って溜息を吐いた。
「やれやれ、この仕事はここまでだな。野郎共に知らせろ! 無駄に命を使うな、打ち合わせ通り逃走場所まで逃げ切れとな」
それを聞いた男は再び森の奥へと姿を消していった。ランウェイは俺に向き直る。
「雇い主が死んだそうだ。という事で、傭兵の仕事はこれでおしまいだ。俺達が戦う理由も無くなったわけだが、どうする?」
内心ほっと胸を撫でおろす。アール氏の方はどうやら上手くいったようだ。どうするも何もない、戦う必要が無ければそれに越した事はない。
「やめておく。仲間の騎士団が来る前にとっとと姿を消した方が良い」
ランウェイが森へ消える前に、思い出したように振り返る。
「ああ、一つ言っておく。お前達が騎士の巡礼を行っているのを知っているから言うんだが――。神聖国では問題を起こさない方が良い。というか、見て見ぬ振りをするのが望ましい」
そう言って森の闇へと消えて行った。漸く俺は刀を鞘に戻して、倒れているメグミンに駆け寄る。本当に気を失っているだけで、大した傷もなさそうだ。
次に子供達の安否を確認する為に、樽を片っ端から開けた。皆一様に眠りに入っており、特に外傷も無い。そうこうしていると、カガリムさん達が集まってきた。
「ショウ殿! 御無事でしたか? ここの賊共かなりの手練れでこちらもかなりの被害が出ました」
「ちょっとメグミンがやられたけど、なんとかね」
緊張の糸が切れ、俺はその場で腰を降ろした。本当無事で良かった。下手をしたら今頃この辺りは血の海に染まっていたかもしれない。そう思うと自然と震えがくるのだった。
それからは順調に事が運んで、王都から馬車を呼び、子供達を回収した。全ての事が終わったのは、もう朝日が滲んできた頃だった。
いつも読んで頂きありがとうございます!お陰様で100話到達!
これからの励みになりますので、宜しければ下にスクロールして頂き評価・感想等宜しくお願いします!
少しでも気になる作品があれば☆はなるべくつけてあげてください。
自分の作品では無くても構いませんが、他者の作品には面白い作品が沢山ありますので!