十.新居襲撃
「おい、起きろよ」
その言葉と共に、毛布を剥ぎ取られるのを感じた。
薄目で窓を確認すると、朝日が差し込んでいるのが伺える。
近くにはむすっとした表情で柴田が立ってこちらをみていた。
「おはよう」
「おはようじゃねぇ、他の連中はもう飯食いに行ったぞ!」
俺を起こして連れてくるよう頼まれた柴田はぶつぶつ文句を言っていた。
そうは言っても、俺は昨日の事もあって寝不足なのだからしょうがない。
今日する事は、皆で残りの一棟の確認と掃除だ。時間が有れば家畜小屋やら、室内の修繕必須場所の洗い出しもしたいところだ。
柴田に先導され、コメット家につくと、ナッチャン達が既に待っていた。
「ごめん、寝坊しちゃった」
ナッチャンは、いつもの事でしょと手で挨拶をし、メグミンはお腹が空いているのか少し膨れている。ミズキはとても聞き取れない口だけの動きでおはようと言っているのが見て取れた。
他の皆の様子から、昨夜笛のような音が聞こえていたのは俺とミズキだけのようだ。
コメットさんが、朝食を運んできてくれたので俺達は食事を取る事にする。
「今日も二手に分かれて家の掃除とコメットさんの手伝いをしないといけないんだけど、どちらか希望のある人はいる?」
カオル君の替わりに俺が口火を切って仕切る。
「掃除はめんどくせぇから俺はやらない。ここで働くほうが良い」
柴田がめずらしく率先して残る意を唱えるとは思わなかった。
「う~ん、料理も手伝う事あるし私が残るわ。掃除する方も男手がいるだろうし~」
続けてナッチャンが残ってくれるようだ。まあ柴田の監視役に俺がここに残れば掃除するほうは大変だろうから、必然的にそうなる。ナッチャンはさり気無くサポートしてくれるから本当に助かる。まあ、監視と言うと堅いイメージがあるかも知れないが、問題を起こさないか少し気にかける程度でその他は基本的に自由だ。生徒と先生、部下と上司のような感じだ。
それに、料理となればナッチャンが安全だろう、特にミズキは駄目だ創造力が高過ぎる。
「じゃあ決まりね、良かった~。うちは早くもう一棟の方見てみたくて朝からずっと、うろうろしていたんだからね」
メグミンはもう変更は受け付けないと、言わんばかりに話を強引に切り上げた。
「はいはい。じゃあ、一息ついたら家に戻ろうか。明日くらいにカオル君達が疲れて戻ってくるだろうから、それまでに頑張ろう」
俺がそう言うと、おー、と手を揚げるメグミンと少し恥ずかしそうにしているミズキだった。
そうして戻った俺達は、もう一棟の方に入ってみる。
基本的に作りは同じみたいで、違う所といえば二階の部屋が扉の数だけ小部屋になっている事位だった。
やはり、昨日寝た部屋は元々小部屋が沢山在ったのだろう。孤児達が住んでいた所かなと確信した。
「個室がある~! 絶対こっちをうちらのにしたい!」
「何を言い出すんだい。個室は男にこそ必要なのだよ」
メグミンの発言に、無理だと思いながらも引き下がる事は出来ない。
「え~、何のために? うちら女子にはプライバシーが必要なんですぅ。ねえミズキ?」
「う、うん、そうだよ」
強引に言わされた感じのするミズキだったが、ミズキを引き込み二対一の状況になってしまった。しかし、俺は負けるわけにはいかない。他の男達の為に!
「間仕切りがない部屋だと、毎日がパジャマパーティみたいで楽しそうじゃないか。女子は好きだろう? 男達にはどうしても個室じゃないと出来ない事があるんだよ。こう、なんだろうな、何かを発散させないといけない様な感じに、メグミンならわかってくれるよな?」
「個室じゃないと出来ないことって何かな? うち分かんないなー」
メグミンの憎たらしい笑みは絶対に分かっていて言っていると確信出来る。だが、ここで内容まで吐露しようものならミズキにまた変態扱いされかねない。
おのれメグミン、勝ち誇った表情で俺の様子を眺めるな。あまり、頭の良くない俺は勝てないと悟り、肩を落としてわかったと返すしかない。
ガッツポーズで、勝利の余韻に浸るメグミンを尻目にミズキ話しかけてきた。
「ねえ、個室じゃないと出来ない事って何なのかな?」
どうするぅぅぅ。純粋無垢な表情で小首を傾げて聞いてくる女子に、俺は何て応えれば良いんだ。正直に教えるわけにはいかない、ここは普通にごまかそう。
「トレーニング。そう、筋トレだよ! 最後の方とか叫びながら頑張るから恥ずかしいんだよ!」
かなり無理があると自分でも思う。少しごまかされたと気づいたのか、ミズキは少し不貞腐れたがそれ以上聞いてはこなかった。そのやり取りに腹を抱えているメグミンがムカつく。
「そんな事よりも掃除を始めよう」
半ば強引に話を切り上げると、俺達は掃除に取り掛かった。
午前中に二階部分を終わらせて、一旦コメット家へ戻って昼食を取りに戻る。
柴田とナッチャンは特に問題なく、仕事をこないているそうでコメットさんは上機嫌だ。
俺達はまた新居に戻り、引き続き今度は一階の台所兼食堂の掃除に取り掛かった。
「きゃあああああああ」
突然の悲鳴に驚き俺は、メグミンの方へと駆け寄るといきなり抱きついてきた。
ああ、この腕に当たる感触は……感じられなかった。だが、女性特有の良い香りがするので満足しよう。
メグミンが指を差している方向に目を向けると、前の世界にもいた皆の敵の姿が存在した。
その姿は、茶色い光沢を纏い、スピードに重点を置いた体躯。状況を察しようと動く長い触角、その名もゴキブリだ。
俺はかまどの火掻き棒が近くにあったのでそれを手に取る。流石に素手で退治する訳にも行くまい。ただ動きにくいので、腕に抱きついているメグミンを心苦しく引き剥がす。
幼少期から剣道を嗜んでいた俺は、棒状のものを振るのが得意だ。一応二段までは取ったが、全国大会へ行くほどの実力は無い。というか、段位が強さと言う訳でも無いのだ。
まずは相手をよく見る事だ。相手の動きを確認すると、やつは少し高い所に布陣していた。さっそく必殺の滑空をしてくるつもりらしい。
俺は向え打とうと、上段に構えると両者の間に緊張の糸が張られる。
その光景を目の当たりにしていたメグミンは気負い少し後ろに下がった時、床板の音が鳴り響く。
その瞬間やつは、背中の羽を大きく横に広げて目にも留まらぬ速さで動かす。
来る! そう確信した瞬間メグミンは悲鳴と共に俺を置き去りに逃げ出した。
そんなメグミンを尻目に、俺はやつから注意を外さない。
やつの滑空が始まり俺目がけて向ってくる。俺は間合いに入った事を確認するや否や、すばやく左足を前に踏み込み火掻き棒を袈裟に勢いよく払った。
見事に命中し床に叩きつけられ、やつは衝撃により絶命した。
布の切れ端で丁寧にやつを包むと外へ出て、蝋燭の火を使い火葬してあげた。
全てが終わり平和になった部屋へ戻るとメグミンが俺を称えるようにまた抱きついてきた。
最近の子は、こんなにもスキンシップに抵抗が無いものかと思いながら、役得とばかりに堪能していると、その光景をみていたミズキの目はじっとりと俺に向いていた。
「ミズキも気持ち悪かっただろ?」
「あれくらい、何の問題も無いよ。それより、早くしないと掃除終わらないよ」
どこか不機嫌な様子のミズキに圧倒され、俺達は真面目に掃除を再開した。
今時の女の子の考えはまるでわからない。少し仲良くなったと思ったらすぐ掌を返したような態度になる。
といっても、元々接する機会が少なくて、良く分かっていないのだが。
日が沈む前に、家畜小屋の方も掃除が終わり、ナッチャン達と合流し食事を取る。
その日は、例の笛の音も聞こえずゆっくりと安眠できた。
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