一.手紙
「いやぁぁぁぁ!」
響き渡る悲痛な叫び。
辺りを見廻すと大勢の人が叫んだり、泣いたりしている光景が目に飛び込んでくる。
若葉の薫る小高い丘の上に、俺達は立っていた。
ぼやけた頭を振る。一体何が起こったのかとあらためて、周囲を眺めている。
緑豊かな木々が鬱蒼と並んでおり、遠くの麓の方には、民家らしいものが見える。
とても俺達が以前いた場所とは結びつかない。
「どうして、こんなことに……」
そんなことを呟きながら、俺は出来事を振り返った。
――――
一人暮らしのアパートメントに一通の手紙が届いた。
朝食のパンを咥えながら、手紙の差出人を見ると思わず口からパンが零れ落ちる。
《労働省 若年層自立支援事業団》
当然驚いた、国から直接手紙が届くなんて事があるのか。早速空けて内容を確認してみる。
ただ、差出人の事業団名を見てから、心当たりがまったくない訳では無かった。
俺、清水生二十五歳で、就職活動していると両親に嘘をつき、アルバイトと月々の仕送りで生活している。
ゲームしたり、映画観たりと時間を浪費して過している。
いわゆる、フリーターというものだ。
始めの就職スタートダッシュに失敗し、就職難民となった。このままでも食べて行くには困らない。そんな思いから、どこに就職するでもなく現在に至る。
自分のしたい事を、時間が許す限り過す日々は、なんて甘美な魅力に包まれているのか……。
正社員になりたく無いという訳ではなく、俺に合う場所が見つからないと自分に言い訳している。正社員になれば、毎日同じ時間に起きて出社し、仕事して残業なんかもあるだろう。自分の時間なんて言うのは寝る前の数時間くらいか。そう思うと、何の為に生きているのかと疑問に思ってしまった。
この思いは一部同志の方々には理解して頂けるかもしれない。
そう、物思いに耽っていたが、落としたパンを拾い手紙の内容を簡潔に確認してみる。
・フリーター及びニート等の引きこもりの方々への就労支援ツールが完成しました。
・自立支援シミュレーター(仮)のテストモニターになって頂きます。
・本ツールで可能な事は、対人能力の向上、状況判断能力の向上です。その他機能は、今後サンプリング結果次第で追加予定です。
・参加者には一人につき、金五百万を給付致します。
・参加者は、テスト終了後就職先の斡旋も行っております。
うーん、俺は訝しげな表情を浮かべる。
就職も出来て、それとは別に五百万を受け取れるとか書いてあるな。
条件は悪くないこちらにデメリットが見当たらないのが曰くがありそうだ。
どのような事をするのか内容が書いていないが、五百万貰えるとすると相当な厄介事に違いない。
深いため息を吐く。どうするか考えながらコーヒーの準備をする。
電気ケトルで湯を沸かし、インスタントコーヒーをカップに入れる、沸騰した湯をカップに注ぐとコーヒーの香ばしい湯気が立ち込める。
コーヒーには、淹れ方にこだわる人もいるが、俺にはこれで十分だ。
なんて事を思っていると、家の呼び鈴が鳴った。
俺はコーヒーカップを机に置き、先日注文したゲーム機が届いたと思い玄関を空けたが、どうやら違ったようだ。
そこにはスーツ姿の女性が立っており、その後ろには数人のまさしくボディーガード風な男達が控えていた。
目の前の女性は、眉を寄せて言葉を発した。
「私は若年層自立支援事業団の者です。お迎えに上がりました」
えっ? 一瞬状況が呑み込めない。
「どういうこと?」
「ご説明致しますので、先立っては服を着て頂けませんか?」
その女性は、ズバリ物を言うタイプのようだ。
なるほど初対面での怪訝な表情は俺の格好の事だったのだなと理解した。
直前まで、寝起きで朝食を食べていた俺は、上はシャツで下はパンツという、ザ・寝起きの格好をしている。
まあ、見知らぬ男性がいきなりそのようなラフな格好で現れて喜ぶ女性はそういないだろう。
ブリーフでないだけ、感謝して欲しいものである。
遠目からみれば、アロハシャツ風な短パンなのだから・・・・・・。
くだらない事を思いつつ、着替えを済まし部屋も人が座れる程度には片付けてから再び玄関を空ける。
「どうぞ」
そう言うと女性が軽く会釈した後一人、室内に入ってきた。
「改めまして、私は若年層自立支援事業団の斉藤と言います。あら? 丁度手紙を御覧になって居た様なので細かい説明は省きましょう」
斉藤さんが、机の上に置いてある手紙を見ながら言った。
「手紙にも書いてありますように、この度支援ツールが完成し、実用化に向けて清水さんにはモニターテストを受けて頂く為お迎えに上がりました」
「ちょっと、待って。参加するとも俺はそちらに伝えてないのに、どうして行く事になってるの?」
俺は、当然のように連れて行こうとする斉藤さんに待ったをかける。
他にも質問したいことは、沢山あるが……正直、展開が早すぎて寝起きの頭では対応しきれない。
斉藤さんは、淡々と説明を始めた。
「ご両親が金五百万を受け取りましたので、清水生さんは参加せざるおえません。ご両親は、いつまでも就職しない、あなたの態度に痺れを切らして、この度参加させる方針に決めたと仰りましたよ。契約書もここにあります」
俺は唖然とした、何の相談も無かったし五百万も俺が貰えると思っていた。何を勝手な事をと俺は親父に慌てて電話する。
『もしもし』
野太い声が電話口から聞こえる。少しムッとしたような声色だ。親父に今の経緯を説明したが、返って来た言葉は辛辣だった。
『お前も二十五になったのだろう? アルバイトも良いが、どこかに就職しなさい。私達もいつまで働けるか分からない。若い時は金が無いという苦労は私も経験しているから、仕送りするのはやぶさかでは無いが、仕送りを何時までも当てにされては敵わない。ここいらで、一度自分を見直す良い機会だと思って、その話を受け入れたんだ。無論、テストモニター? とやらが終われば受け取った五百万はお前に譲ろう。じゃ、仕事中だから』
そう言って親父との電話は一方的に終わった。どうやら、言い方は悪いが五百万でこの団体に俺を売ったのは間違いなさそうだ。
契約書を一通り確認したが、特にこちらの不利になる事項は書かれていない。
テストモニターとは実際何をするのか? 薬品投与とかだと流石に断りたい。
「実際何をするんです? 薬剤投与とかだと困るんですが……」
「薬剤投与はありません。手紙にもあるように、最新のシミュレーター装置を使用した言わば仮想訓練です。清水さんの他にも三十名の参加者がおられますよ。服装は私服で構いません、数日分の服装を用意しておいて下さい。モニター中は建物から出る事が出来ませんので……」
俺の他にも人がいるのか。まあ、モニターだからサンプルが必要って事かと納得する。
仮想訓練。ゲームみたいで楽しそうだな、ゲーム好きな俺には上手すぎる話ではなかろうか?
まあ、元々フリーターしてる俺は、外に出るのは苦では無いので行動に移す。
帰ってきたら、金五百万で何をしようかと巡らせる。
手軽な服を見繕い支度を済ますと、斉藤さん達が乗って来た車で移動した。