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馬に蹴られてなんとやら




 聖深学院の図書室。


 いや、もはや図書館と言っても良いかもしれない。

 4つの学舎や寄宿舎と同じくヴィクトリア様式の建物。独立した三階建ての図書館の内装は、明治時代から変わらない。古めかしく整然としている。一階から三階までの全ての本棚には、ところ狭しと本が詰め込まれていた。


 放課後、俺はいつもの席に陣取り、勉強に勤しんでいた。この席がお気に入りの理由は、ここからランセット窓に切り取られた中庭の風景がひとつの絵画のように美しいからだ。


「貴弘さん。余所見してはいけないわ。集中しなさい」 


「ああ、悪い」


 俺は慌てて視線を机上に戻した。

 それを見て撫子はよろしいと微かに微笑む。


「では、続きを致しましょう」


「……よろしく頼む」


 週に数回、俺は撫子に勉強を見てもらっている。と、言うのもこの聖深学院は、名門の名に違わず偏差値がとんでもなく高い。

 つまり、それにともないハイレベルな教育が日々施されているのである。俺はそれに付いていくために、必死で勉強しなければならない。

 

 そんな俺の教師役をかってくれたのが、この学院で最も優秀な成績を納める撫子だ。

 撫子は勉学は勿論、運動、芸術と様々な角度において全く死角がない。何より教え方が丁寧で分かりやすいのだ。しかも、其処らの教師よりも上手ときた。本当に欠点という欠点がないのかこいつ。末恐ろしいな。


「――――ご機嫌よう。髙野宮嬢……ついでに日野も」


 突然、声をかけられる。

 聞きなれた声に顔を上げ、視線を向ける。そこには凛とした雰囲気を持つ少女、高円寺紫(こうえんじむらさき)が立っていた。


「……誰がついでだ。高円寺」


「貴方に決まっているだろう」


 透き通るような声音に似つかわしくない口調。長い黒髪をポニーテールにまとめ、まるで武士のように佇む高円寺。目を見張る程美しい顔立ちがより毅然とした人柄を感じさせる。つまりとんでもなくお堅い性格。


「紫。あまり私の貴弘さんをからかわないで頂けますか?」


「すまない。しかし、髙野宮嬢は相変わらず日野に甘いな」


「あら、当然よ。何故なら彼が、貴弘さんですもの」


「……それはどういう理由なのか全く分からないが、分かった」


 高円寺は困ったように眉を下げた。


 ……気持ちは分かる。


 俺も思わず眉をひそめた。


「で、どうしたんだよ高円寺。何か用か?」


「ああ、いや。これといった用はない。髙野宮嬢を見かけたもので声をかけただけだ」


「暇かお前は」


「失礼な。わたしは生徒会長としての仕事をしに来たのだ。ここは静かで落ち着く」


「そうか。ご苦労さん」


 この学院には監督生と別に、生徒会が存在する。

 監督生はあくまでも学生の模範になり、教え導く存在である。逆に、生徒会は生徒に関する様々な事柄の運営を任される執行部のような機関だ。


 お互いがお互いを監視し、滞りなく生徒たちが生活できるように努力する。そのためにあえて、役割を分立しているのである。


 ちなみに、高円寺はリリィーに所属している。生徒会長になる程優秀な彼女が監督生になれなかったのは、勿論撫子がいるからだ。流石の高円寺も撫子相手だと分が悪い。

 そもそも撫子と同じ土俵に上がれること自体がまずあり得ない。だからこそ、撫子はグロリア・フロスなのだ。


「駄目よ、貴弘さん」


「何が駄目なんだよ」


 撫子は俺の手に長く柔らかい指を絡めた。


「余所見はいけないわ。貴弘さんは私だけを見ていれば良いのです」


「お前は本当に何を言っているんだ」


 試合開始から、ジャブを飛び越して、いきなりストレートを決めてくるボクサーか。いい加減にしろ。


「……生徒会長の前で不純異性交遊とは頂けないな」


「あら、心外ですね。私は純粋で真剣に貴弘さんとお付き合いしているわ」


「と、髙野宮嬢は仰っているが、そこのところどうなんだ?」


「……誤解だ」


 渋い顔をしてしまった。誤解を招く発言は控えてほしい。


「つれない人。私はそろそろ良いと思うのですが………」


「ノーコメントで」


「全く、貴方たちは変わらないな」


 やれやれと、高円寺は呆れたように首を振った。ちょっと待て、生暖かい目で俺を見るのは止めろ。


「ここにいると火傷してしまいそうだ。今日は図書室の利用は諦めるとしよう」


「ふふっ、賢い選択ね」


「私も馬には蹴られたくないものでな。では、失礼するよ」


 そう言って颯爽と去っていく高円寺。その後ろ姿には、妙な威厳がある。そんな威厳はゴミ箱に捨ててろ。


「これでまた二人っきりになれましたね」


「頼むから、不穏な発言は控えてくれ」


「貴弘さん、照れなくても良いのよ?」


「照れてないわっ!」


 俺の叫びが図書室に響き渡って消えた。

 

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