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グロリア・フロスが見ている




 聖深学院には4つの学舎があり、それに相対して4つの寄宿舎が存在する。


 希望に満ち全てを隔たりなく愛する「アイリス」。

 ただひたすらに美しさと情熱を尊ぶ「ローズ」。

 汚れなく何よりも威厳を求める「リリィー」。

 誠実さと紳士であることを第一した「ジェンシャン」。


 生徒たちは必ずどれかの学舎に所属している。それを見分けるには、其々の花が刺繍されている制服を見るしかない。

 女子は入試時に行う適性問答により、アイリス・ローズ・リリィーに振り分けられる。


 ちなみに、男は問答無用でジェンシャン行きだ。最近共学になったばかりなので、これに関しては仕方がないと思う。


 撫子はこの中で優秀である生徒たちが集まるリリィーに所属している。だからと言って他が劣っているわけではない。


 あくまでも其々の特性を系統に分けているという認識が正しい。

 

 アイリスはその寛容性から国際色豊かで、ローズは芸術や運動に精を出す生徒が多い。リリィーは、強いリーダーシップを持ちそれを支える知識と確かな実力を兼ね備えた生徒が集まる。


 更に聖深学院には、監督生制度(プリフェクト)が設けられている。これはこの学院自体がパブリックスクールを見本に造られた名残だ。

 

 監督生は各学舎から最も優秀な者が選ばれる。

 そして毎年その4人の中で、全生徒からの投票により選ばれる学院のトップ、通称グロリア・フロス(栄光なる花)。その称号を持つ生徒は、この学院の全生徒から憧憬と尊敬の念を一身に集める。


 ここまでお膳立てすると流石に分かるのではないだろうか。そうリリィーの監督生であり、当代のグロリア・フロスこそ、髙野宮撫子なのである。


 だから撫子は学院のどこに居ても、何をしていても目立つ。兎に角目立つ。そして、側に居る俺も目立つ。悪い方向に目立つ。


「……日野さんは、お姉様とどのようなご関係なのですか?」


 そのおかげで、こうやって他の生徒に詰め寄られることも少なくない。


 昼休み、共同食堂で俺はひとりの女子生徒に問い詰められていた。目立たないように身体を屈める。

 俺は頭を掻いて、目の前に兎の如く震えている女子生徒に努めて優しく言葉を発した。


「あー、誤解するな。いや、しないでください。俺と撫子、えっと髙野宮さんは幼馴染みで。言うなれば、そう! 腐れ縁ってやつなんです」


「……本当、ですか?」


「ああ、本当です」


「良かったぁ。では、お姉様は誰ともお付き合いをしていらっしゃらないのですね!」


「えっ? まぁ、そうなると思います」


 キラキラと目を輝かせ女子生徒は俺の手を取って、嬉しそうに上下に振った。それと同時に弾む豊かな二つの膨らみに思わず目がいってしまう。ごくりと喉がなった。


 ……その時だ。


 コツン、と床を靴で強く踏み鳴らす音が聞こえた。

 思わず固まる。俺は恐る恐る視線を音がした方向に向けると、そこには撫子が立っていた。

 純白の制服を華麗に着こなし、その美貌はいつも以上に際立って見えた。


 撫子は綺麗な笑顔を浮かべ、こちらをじっと見詰めていた。しかし、長年一緒に居る俺には分かる。これはキレているときの顔だ。

 

 ……もう、逃げたい。


「……ご機嫌よう。ふふっ、お二人して何をしているのかしら。宜しければ、私も混ぜて下さらない?」


 女子生徒は驚いて言葉が出ないでいるようだ。俺はそれを横目で見て、小さくため息を付いた。庇うように一歩前に出て、撫子に話しかける。


「撫子、お前のこと聞かれてたんだよ。憧れてるんだとさ」


「……あら、そうだったのですか?」


 撫子は、こてんと可愛らしく頭を傾けた。

 先程まで感じていた重圧が消える。


「は、はい! お、おお、お姉様、は私の、私たちの憧れです!」


「ええ、ありがとうございます。でも、そう固くならないで。同じ生徒同士、仲良く致しましょう」


「はひぃ」


 女子生徒はもう言葉にならない呻き声を上げて、へろへろとその場に座り込んだ。気が抜けたのか、逆に気が高ぶりすぎたのか。


 遠目で見守っていたのであろう女子生徒の友人たちが、その様子を見て慌てて駆け寄ってくる。

 それから、撫子に頭を下げて、彼女をどこかに連れて行った。


 それを見送って、俺はやっと肩の力を抜く。

 本当に気疲れが酷い。


 さて、気を取り直して食事を再開しようか。早く食べないと昼休みが終わってしまう。ちなみに、この聖深学院の食堂はバイキング形式。どれも高級レストランで出されるものばかりだ。

 俺は基本弁当を持参し、それを食べることが多いのだが、週末はお袋が休みたいと言う理由でこの食堂を利用している。


 この場を離れようと歩き出したとき、足に激痛が走った。

 咄嗟に足元を見る。


 ……踏まれている。それも踵で。ぐりぐりされている。


「おい、撫子。何すんだよっ!」


 小声で抗議する。


「……胸、見ていたでしょう?」


 凍えるような冷たい口調。

 反論の余地がない。

 だって、実際見ていたもの。いや、仕方ないだろ。俺だって男だ。それぐらい許してほしい。思わず唇を尖らせる。

  

「そんな可愛らしい顔をしても駄目よ、貴弘さん」


 撫子は微笑んだ。聖母のように慈愛に満ちた笑みだった。内心は悪魔のように憤怒を滾らしているのだろうが。

 

「お前な、こんなことしてグロリア・フロスの名が泣くぞ」


「グロリア・フロスである前に、ひとりの乙女ですもの」


「乙女なら尚更こんなことはしないと思う」


「それは、貴方が乙女のなんたるかを知らないからよ。乙女は清らかで、貞淑で、そして何より苛烈なの……ご理解頂けたかしら?」


 ああ、これは不味い。今のうちに機嫌を取っておかないと、絶対に長引くパターンだ。すぐさま、両手を上げて降参のポーズ。


「俺が悪かったよ」


「……素直でよろしい。今回は許します。ただ、次はありません。貴弘さんが無許可で無遠慮に見て触って良いのは、この髙野宮撫子だけよ」


 堂々と胸を張って言うものだから、納得してしまいそうになる。これが、カリスマのなせる技か。

 まぁ、面倒くさくなるので、取り敢えずは頷いておこう。


「あー、分かった」


「ふふっ、約束ですよ。さぁ、ランチをご一緒致しましょう。貴弘さんは何を召し上がりますか? 私が取り分けて差し上げますね」


 そう言って、撫子は俺の手を引っ張った。

 俺にはそれに逆らず、引っ張られるまま着いていく。


(……乙女って、末恐ろしい生き物だ)

 

 これからの教訓にしようと深く誓った。





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