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憧れたきっかけ

サブキャラの塚原雪枝視点のお話

 



 私は意志薄弱な性格だった。


 周りの意見に流されがちで、自身から声を上げることをしない。何かを言うことで、皆に反感を持たれるかもしれない。そう思うと恐ろしくて何も言えなくなる。それが自身の欠点だと自覚していた。自覚しながら、それで良いと思ってさえいた。私が我慢さえすれば世はこともなしだ、と。



「――塚原さん、またお掃除当番を替わって欲しいのだけど。良いわよね?」


「あの、ええっと……」


 放課後。

 私はクラスメイトにお掃除当番を替わって欲しい、とお願いされていた。これで何度目のお願いだろうか。そう思いながら、押し付けられた箒を反射的に受け取ってしまう。


「その、私……っ」


 放課後、八重ちゃんの中等部陸上大会優勝のお祝いに、パフェを食べに行こうね、と約束していた。だから、お掃除当番は替われない。そう言わなきゃいけないのに。喉が震える。声がでない。どうしよう。言わないと。替われないって、言わないと。焦燥感だけが積もっていく。


「じゃあ、お願いするわね」


「あっ、でも、その、えっと。…………うぅ、はい」


 結局、私は否定の言葉を紡ぎ出せなかった。

 断ることさえできない自分が情けなくて、泣きそうになる。ぎゅっと箒を握って愛想笑いを浮かべた。

 ごめんね、八重ちゃんと万里子ちゃん。私が駄目なばっかりに、いつも迷惑ばかりかけちゃう。心の中で謝る。下を向き、言葉にできない悔しさを誤魔化すために歯を食いしばる。私には、もうそれしかできない。



「――――貴女、お待ちなさい」



 凛とした声が聞こえた。

 透き通るようなソプラノの声。しかし、どこか荘厳な響き。伏せていた顔を上げて、その声の主を見る。


 濡羽色の綺麗な長髪。つり目勝ちな瞳に、すっと通った鼻筋。完成された美貌を持つ少女がそこに立っていた。


 お名前は勿論存じ上げている。あの有名な髙野宮グループのご息女であり、クラスメイトでもある髙野宮撫子さんだ。話したことはあまりない。私からしたら、雲の上の人だ。何故このタイミングで声をかけられたのかさえ分からない。


「えっと、髙野宮さん、私に何かご用でしょうか?」


「塚原さんではなく、そこの方に用があるのです」


 どこか冷めた目で髙野宮さんは、私にお掃除当番を押し付けたクラスメイトを見詰めた。


「私の記憶が正しければ、貴女は今月に入って4度も塚原さんにお掃除当番を替わって頂いていましたね? ……いえ、押し付けていた、が正しい表現かしら」


「「えっ!?」」


 クラスメイトは驚いて、目を見開いた。同時に私も同じリアクションをしてしまう。


「私もお互い納得の上でのことかと思い様子を伺っていましたが、塚原さんは納得されていない。そうでしょう、塚原さん?」


「そんなことありません。これは合意の上です!」


「……貴女には聞いていません。私は塚原さんに聞いているのよ。少し静かにして頂けるかしら?」


 綺麗な微笑みを浮かべ、クラスメイトの言葉を退ける髙野宮さん。そして、彼女は私を真っ直ぐに見詰めた。それはどこまでも澄んだ眼だった。


 どくりと、その視線に、心が震えた。


「私は――――っ」


 息を吸って、吐く。それを数度繰り返す。

 それから、髙野宮さんを見た。髙野宮さんは小さく頷く。頑張れと、そう言われている気がした。じゃあ、応えないといけないよね。勇気を振り搾れ、塚原雪枝!


「私は、今日友達と美味しいパフェを食べに行きます! つきましては、今回の掃除当番を替わることはできません! というか、自分のことぐらい自分でして欲しいです。私は貴女のママじゃありません! そういうことで、ご自身でよろしくどうぞっ!」


 箒を勢い良く前に突き出す。


「ええっ!? ……わ、分かったわ」


 クラスメイトは目を白黒させて、その箒を受け取った。やった。やった、言えたよ!


「……お話がついたところで、塚原さん帰りましょう。お友達が待っていらっしゃるのでしょう?」


「はいっ!」


 私は大きく頷いて、髙野宮さんと教室を出た。髙野宮さんは背筋を伸ばして黄昏に染まった廊下を歩き始める。その後ろ姿を見て、慌てて声を掛ける。


「た、髙野宮さんっ!」


「――――はい?」


 振り返る髙野宮さんと目が合い、思わず気持ちが高揚する。


「助けて頂いて、ありがとうございました!」


「いいえ。むしろ、早くお助けできず、申し訳ありませんでした」


「そんなことないです! 私、いつも意志薄弱で、勇気がなくて、友達にも迷惑ばかりかけてるんです。でも、今日はちゃんと断れました。髙野宮さんが背中を押してくださったからです!」


「ふふっ、逆を言うと、私は塚原さんの背中を少し押しただけです。塚原さん……良く頑張りましたね」


「ううっ、ありがとうございますぅ!」


 思わず、上ずった声が漏れた。嬉しくて、嬉しくて、しようがない。


「塚原さんのお力になれてよかったです。……ふふっ、それにとても面白かったわ。貴女の断り文句」


「……えっと、そうですか?」


「塚原さん。貴女、きっとトリックスターになれるわ」


 髙野宮さんは頬に掛かった髪を払って、悪戯っぽく微笑んだ。その笑顔が今でも忘れられない。


 何て鮮やかな人なんだろうと思った。


 あの時から、私は髙野宮さんに憧れ続けている。



 ***



「―――ということが中等部の頃にございまして、私は憧れの髙野宮さんとお近づきになりたいのです。ですので、どうか手助けしてくださいっ! 返事は『はい』か『イエス』もしくは『ウィ』、『ヤー』でも可です。というか、了承してくださるまで居座るので、よろしくお願いします!」


「はぁ、前置き長げぇな。つーか、全部肯定じゃねぇか。実質、選択肢なくないか?」


 髙野宮さんの幼馴染み、日野さんは私の言葉を聞いて困ったように眉をひそめた。


「……まぁ、良いけどさ」


「っ、ありがとうございますっ!」


 大きい鮫で、綺麗なイルカを釣ろう作戦開始です!




いつも誤字脱字の訂正ありがとうございます!

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