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二人の背中

今回は、木村君視点です。



 俺が彼女に初めて会ったのは、小学1年生の夏。幼稚園からの友達、日野貴弘……タカと遊ぶために彼の家を訪ねた時だった。


 チャイムを押して、お利口に返事を待つ。少しして、玄関の扉が開けられ、タカのお母さんが出てきた。


「あら、圭一君。こんにちは」


「こんにちは! たかひろ君は居ますか?」


「ええ、2階の部屋に居るから上がって行って」


「おじゃましまーす!」


 許しを得た俺は元気良く答えて、靴を脱ぐ。それから足早に階段を駆け上がり、タカの部屋のドアを勢い良く開けた。


「タカっ、新しいゲームやろうぜぃ……うぇぃ!?」


 言葉を詰まらせてしまったのは、あまりの衝撃に頭がついていかなかったからだ。


 鋭い目付き、夏の日差しで日焼けした肌に短く整えられた髪。それは見慣れたタカの姿だ。無論、問題はそこではなく、タカにぴったりくっつくように座っていた先客の方だった。


(……すごい、きれいだ)


 思わず固まってしまうほど、彼女は綺麗だった。

 グレーのクラシックワンピースに身を包み、長く艶のある黒髪を腰まで伸ばしている。その姿がまるで物語に出てくるお姫様みたいだ、と思った。


「おう、けいいち。突っ立ってないで入れよ」


「……う、うん」


 俺はぎこちなく頷く。

 恐る恐る部屋に足を踏み入れる。


「どうしたんだよ。なんかおかしいぞ?」


「いや、その。……タカ、隣の女の子って」


「ん? ああ、こいつ? 俺のともだちで、なでしこって言うんだ。んで、なでしこ。こいつは幼稚園からのともだちで、けいいちだ」


 落ち着いた切れ長の瞳が、胡乱げに俺を見詰める。


「は、はじめ、まして! 俺、木村圭一です!」


 緊張して声が震えた。

 

「……はじめまして。髙野宮撫子と申します」

 

 その女の子、髙野宮さんは綺麗な動作で頭を下げた。慌てて俺も不器用に頭を下げた。


「ははっ、おまえら何だかお見合いしてるみたいだな」


 昨日、テレビで見たんだよな。と、呑気にタカは笑った。それを見て髙野宮さんは、露骨に顔をしかめた。タカの腕を引っ張って、私は不満だとアピール。


「……私はお見合いなど致しません。だって私にはもう貴弘さんが居るもの」


「いみわかんねぇ」


 タカは笑顔でバッサリ切り捨てる。その清々しさには尊敬の念すら抱く。髙野宮さんは、それを見て深く溜め息を吐いた。


「そんなことより、はやくゲームしようぜ! けいいち、ほらこっちに座れよ」


「わ、わかったよ!」


 俺は取り敢えず促されるままに、タカの隣に座る。すると、キッと髙野宮さんが俺を睨み付けてきた。


 えっ、俺何か不味いことしたか!?


「木村さんとおっしゃったかしら? 先に申しておきますが……貴弘さんは渡しませんから」


「ええっ!?」


「私より長く貴弘さんと仲良くしているからって、あまり調子に乗らないで下さい」


 突然の宣戦布告に、思考が追い付かない。

 そんな俺の様子を見て、タカは困ったように仲裁に入る。


「こら。なでしこ、何けいいちにケンカうってんだよ」


「これは喧嘩などと言う低俗な行いではありません。言うなれば、乙女の聖戦です」


「……おまえの言ってること、ときどきむずかしすぎてわからん」


「今は分からなくても、いつかきっと分からせて差し上げます」


「めんどくさいから、いいよべつに」


「いいえ。そうはいきません。何故なら、私が髙野宮の女だからです。常に優雅で徹底的に物事を完遂させる人であれ。それが髙野宮の家訓です。どんなに時間がかかっても、必ず分からせるわ」


 髙野宮さんは、そう言って笑った。

 それはまるで決定事項を申し伝えるように、力強い言葉だった。




 ***




 回想していた思考を戻す。


 俺は目の前に座るタカを見やった。

 俺の視線を受け、タカは居心地悪そうに身体を揺らした。ピッタリとタカに身体を寄せ、腕を組んでいる髙野宮さんもそれに合わせて揺れた。


「で、10年かけて分からされた、と言う訳か」


「……まあな」


「今日は、それを俺に報告しに来てくれたと」


「おう」


「羨ましいな、このど畜生っ! というか目の前でイチャつくなよ! 羨ま死す!」


 心の底から唸り声が出た。血涙が出る。いや、出ないけどそんな気持ち。


「木村さんが貴弘さんを焚き付けて下さったと、お伺い致しました。そのお陰で、貴弘さんと結婚を前提にお付き合いできるようになりました」


 結婚を前提に、って高校生なのにそこまで話が進んでるのか。でも、まぁ髙野宮さんからしたら10年間タカを想い続けてそれが叶った訳だし、それぐらい真剣に将来を見据えてるってことだよな。


「あっ、いや、そんな。全然、良いんですよ!」


「そうだぞ、撫子」


「タカは黙っとけ!」


「なんでだよ!」


 タカは情けない顔をした。

 ふふん、ざまぁ。


「感謝こそしますが……貴弘さんは渡しませんから」


 予想外の一言に、思わず声が裏返る。いやいや、どうしてそうなる。


「はぁ!? ちょ、俺はそんなつもりないですけど!?」


「……昔から貴弘さんの一番のご友人は、木村さんでした。私はそれがとても悔しかった。今だって、木村さんは貴弘さんの特別な存在だわ。だから、貴方はずっと私のライバルなのです」


 いや、意味分からん。そもそも、俺と髙野宮さんでは想いのベクトルが違う気がするんだが。


 髙野宮さんって、タカが絡むと見境ないっていうか、ポンコツになるっていうか。そんだけタカのこと好きなんだろうな……もう、ほんとご馳走さまです。


 誤魔化すように頭を掻いて、耳まで真っ赤に染まったタカを見やる。


「……タカ」


「頼む。何も言わんでくれ。こいつは変に頑固だから、言っても聞かん。適当に受け流せ」


「酷いわ、貴弘さん。私は真剣なのに」


 分かった分かったと、タカは髙野宮さんの頭を慰めるように撫でる。彼女は文句を漏らしているものの、構って貰えて嬉しいようで表情は緩んでいる。


 先に惚れたら負けとは良く言うが、髙野宮さんは正にそれだ。色々言いつつも、惚れた弱味でタカには基本的に甘い。

 尻に敷く所は敷いているんだろうけど、本当の意味でタカには一生勝てないんだと思う。いや、勝つつもりもないんだろう。髙野宮さんにとって、一番は常にタカなのだ。


「圭一、あんまり長居すると悪いからそろそろお暇するわ」


「おう、出てけ出てけこのリア充が」


「お前なぁ……はぁ、もう良いや。行くぞ撫子」


「はい、貴弘さん」


 タカは立ち上がると自然な動作で、髙野宮さんに手を差し伸べた。髙野宮さんは、控えめにその手を取る。

 タカはこういうことが自然にできる男だから、髙野宮さんも弱いんだろう。全く罪な男だ。


 身長が179㎝あるタカと並ぶと、髙野宮さんは頭半分以上低い。丁度良い身長差だと思う。 


 鋭い目付きをしているが、顔立ちは整っているし、身長も高く身体付きもがっしりしている。性格も面倒見が良い兄貴肌で、頼りがいがある。


 小学校・中学校でもそれなりにモテていたから、髙野宮さんも気が気でなかったんだろう。だからこそ、高校は是が非でも同じ学校に行きたいとタカに泣き付いた。


 今まで髙野宮さんを幼馴染みの高嶺の花だと思って、恋愛的な意味で除外していたタカ。そんなタカに彼女が居なかったのは、一重に髙野宮さんが目を光らせ遠ざけていたからだ。本当、愛されてるよなぁ。俺もそんな彼女が欲しい。


 タカたちを玄関まで送る。


「じゃあな、圭一」


「木村さん、お邪魔致しました」


 タカは軽く手を上げ、髙野宮さんは綺麗にお辞儀をした。


「ああ、気をつけて帰れよ」


「おう」


 扉が閉められる。

 ふぅ、ため息を一つ付く。

 部屋に戻ろうと踵を返すと、再度扉が開かれタカが顔を出した。


「どうした何か忘れもんでもしたか?」


「いや、違う。……その、圭一。色々……ありがとな。ただ、それだけ言いたくて。じゃあな」


 返事を返す前に、扉が閉められた。

 思わず笑みが漏れる。相変わらず、不器用でそれ以上に良い奴だ。だから、俺もずっと友達を続けてる。きっと、これからも。


「……幸せになれよ」


 その呟きが、扉の向こうで歩き出した二人の背中に届けば良いと思った。



 

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