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その理由を私たちは知りたい

 

 嫌になるくらいの蒼天。

 俺は教室の窓からそれを見上げる。放課後、16時を回ってもまだ太陽はまばゆいほど輝き、地面を照らしていた。


(こりゃ、暫く暑いな。まぁ、どうせ音楽室で撫子は定期演奏会の練習をしてるだろうし、帰るのも遅くなるからここでちょいと時間を潰すか……)


 ホームルームが終わったばかりの教室には、依然として多くの生徒が残っていた。この後どうする? と人の話す音がする。がやがやと笑い声が聞こえる。教室の煩雑な様子は、この聖深学院も変わらない。そこに少し安堵を覚える。


「……で、どうだい?」


「あ゛っ?」


 思わず変な声を出してしまった。あっ、俺声かけられていたのね。全然聞いてなかったわ。


「……分かった。全く聞いてなかったんだね」


 やれやれと、首を振る少年。

 爽やかな好青年といった容貌。確か親は有名なスポーツメーカーの社長だったか。


「だから、今からクラスの皆とバスケットボールをするつもりなんだ。日野も一緒にどうだい?」


 なるほど。そういうお誘いか。どうせ時間を潰そうと思っていたし、久しぶりに身体を動かすのも良いかもしれないな。


「おう、中上。良いぜ」


「本当かい? じゃあ、さっそく体育館に行こうか! ……後、僕は中田ね」


「分かった、下田」


「……だから、中田だって!」




 ***




「いやー、楽しかったよ。また誘うから!」


「やかましいわ! 俺もうぜってーしねぇからな」


 こいつ体力お化けか。永遠にバスケをさせられるかと思ったわ! まわりを見てみろ、プレイしすぎて死屍累々だぞ、ちくしょうめ!


「まぁ、うん。そういうときもあるよねっ!」


「……ない。絶対ない」


 そんな爽やかに笑っても誤魔化されないからな……。大きくため息をつく。全く加減というものを覚えてほしい。これだからイケメンは。


「まぁ、良いや。俺、もう行くわ」


「うん、また明日」


「おう」


 俺は体育館を出て、本館の音楽室に向かう。空はオレンジ色がかり、どこかノスタルジックな気分にさせる。暑さの余韻は感じるものの気になるほどではない。俺はゆっくりとした歩調で足を進めた。




 音楽室に着く。

 中から音楽は聞こえない。その代わり、楽しそうな話し声が聞こえる。扉を開けようと手を伸ばす。


「――前から思っていたのだが、髙野宮嬢は何故日野と懇意にしているんだ?」


 俺の名前が出てきて、思わず伸ばしていた手を止めた。


「あっ、それ私も気になります。撫子お姉様が何で日野……先輩なんかと仲が良いのか」


 おい、ミッキー。何故、俺に先輩とつけるのに、そんな間があるんだ。俺はそっちの方が気になるわ。


「あら、私も聞きたいわね。ナデシコほどのレディが何故ミスターヒノとステディな関係なのか」


 かちゃり、とカップがソーサーに置かれる音がした。


「……貴弘さんと、ですか」


「ああ。こう言うと失礼だが、日野は紳士とも言い難い。髙野宮嬢は日野のどこに惹かれたのだ? 何、単純な興味だよ」


 高円寺、お前この野郎。誰が紳士じゃないって。……まぁ、そうだけども。


「……そうね。私は髙野宮グループの娘で、幼い頃からいつも回りから腫れ物の様に扱われていたわ。それは同年代の子どもたちも変わらなかった。私はいつだってひとりぼっちだったの」

 

 撫子は穏やかな声音で話を続ける。


「貴弘さんと初めて会ったのは、もう10年程前かしら。こんな夏の日だったわ。……ふふっ、懐かしい。色々嫌になってしまって、家を飛び出したことがあったのです。家出、というのかしら。あてもなくさ迷い歩いて、偶然見つけた貴弘さんの秘密基地で私たちは出会ったのです。そこで、貴弘さんは私に友達になろうって、言って下さったのよ。それまで誰にも言われたことがなかった言葉を私に言って下さったの。なりたいから、なるんだって……」


「……成る程、そんなことがあったのか」


「ええ。嬉しかった。本当に嬉しかったの。貴弘さんは、私を引っ張ってくれた。そこで私は初めて楽しくて、笑うことができた。貴弘さんだけがそれを与えてくれたの。それに貴弘さんは、私が髙野宮グループの娘だと知った後も全く態度は変わらなかった。変わらず仲良くして下さったわ」


 撫子は噛み締めるように、言葉を発した。柔らかく微笑んでいるのだろう。声を聞くだけで分かる。


「……あの夏の日から私は貴弘さんに手を引かれ、その背中を追いかけ続けているのです。今も、これからもずっとそうしていたい。ただ、それだけよ」


「とても、素敵な話だわ。貴方たちは紅茶のように苦く、とても甘い関係なのね」


「……アンジェリカ、その例えは全く分からないが、まぁ、なんだ。髙野宮嬢、うん、良いんじゃないか?」


「むぅ、うぬぬ。ええ、撫子お姉様、嫌々ながら素敵です」


「ふふっ、ありがとうございます」


 俺は音楽室の扉を背にずるずると座り込んだ。顔が真っ赤になり、火照っているのが分かる。その熱が下がるまで、俺はこの場を動けなかった。

 



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