幸せなトロッコ
トンネルの中を、一台のトロッコが走っていました。
暗い暗いトンネルの中、トロッコは誰かに敷かれたレールの上を、ただがむしゃらに走り続けていました。
ある日、トロッコは気付きました。自分が走っているレールの先で、4人もの人が作業をしているのです。このまま走っては、彼らを殺してしまうことになる、とトロッコは思いました。
しかし、何ということでしょう。長い間走り続けているうちに、トロッコは立ち止まり方を忘れてしまっていたのです。今まで、トロッコは進むことしか知りませんでした。トロッコの前にはいつだってレールがあり、それに従えばいいのだと信じていました。
トロッコは、自分が走っているレールのことを、疑ったことなどありませんでした。ましてや、それが人を傷つけてしまう道だったなんて。トロッコの胸は悲しみで張り裂けてしまいそうでした。いっそ自分が張り裂けてしまえば、4人は助かるだろうなんてことも、考えていました。
走り続けるトロッコの前に、分岐点が姿を現しました。進むレールを切り替えるための分岐点です。分岐点を曲がれば、4人を助けることができるかもしれません。ああ、しかし、今やレールの上を暴走しているトロッコには、分岐点を動かすことはできないのです。トロッコは悲しみました。
その時、分岐点の動く音がしました。誰かがそれを操作したのです。トロッコは背中を押されるようにして道を曲がり、4人の姿は視界の端へ消えていきました。
トロッコは安心しました。しかし、その安心も長くは続きませんでした。またもやレールの先に、1人、あどけない少年の姿が見えました。人を傷つけることは避けられないのだと、トロッコはまた悲しむのでした。
しかし、少年が言うのです。
「少し早さを緩めておくれ。僕を連れて行ってはくれないか」
トロッコは驚きました。
それまでトロッコは一人でした。レールの上を走っていましたが、「誰かと」走るなんてことは考えたこともありませんでした。
トロッコの中で、ブレーキが目覚めました。誰かとともに生きるためのブレーキです。トロッコの速度は、だんだんとゆっくりになりました。
少年は走ってきたトロッコに飛び乗ると言いました。
「君と一緒にいると楽しそうだ。一緒にどこかへ行かないか」
トロッコは喜びました。
トンネルの中を走りながら、トロッコと少年は話をしました。これまでのこと、これからのこと。
聞くと、分岐点を切り替えたのも少年だったのです。やがて暗いトンネルにも、出口が見えてきました。
トンネルを抜けると、そこは何もない広大な草原でした。誰かに作られたレールも、もうありません。トロッコと少年は、これからは自分でレールを作り、どこまでも旅を続けるのでした。