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喚起された喜びのエコー  作者: ラウンド
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陸の海にて・Ⅱ


 ヴァネッサは、遊戯室を出たあと、廊下を進み、展望室へと向かう階段を上っていた。

 それなりに内装の整ったホテルにある、絨毯のような質感の階段を踏み、時たま見える外の景色を楽しみながら、案内板に従順に進んでいく。

「この先…」

 最後の段を踏み終えると、目の前に湖を一望できる展望室が広がった。

広々とした空間には飲食物を提供するスペースやゆったりと疲れを癒すためのリラクゼーションサロンを始め、多くのソファ、遠望鏡が設置されており、まさに宿泊をゆっくりと楽しむための要素が凝縮されていた。

「おお…。ふかふか…」

 ソファの一つに腰かけると、しっかりと管理されているのか、在りし日の観光客たちが味わっただろう最高の座り心地を、彼女に提供した。

「あー…これは良い。良い…けど、ある意味ダメ。眠くなる」

 ヴァネッサは持ち込んだ本を広げ、読書の体勢を取った。直後、近くにいたオートボットが一機、彼女の居るソファに横付けし、飲み物用テーブルに飲料水を配置した。

『ごゆっくり、お寛ぎください。おつまみ、アルコール類は有料。ソフトドリンク類は無料で提供しております。ご入用の際には、遠慮なくお申し付けください』

 そのあと電子音声による案内を伝えた。

「あ、うん。ありがと…」

ヴァネッサは、その行き届いたサービスに驚いたが、音声の流暢さはボクスには流石に及ばないな、という正直な感想を抱いた。


 二十数分後。

 パタンと本を閉じたヴァネッサは、ソファの快適な誘惑を横に払いのけつつ立ち上がり、窓の遠望鏡へと向かった。覗き込むと、何処までも美しく広がる青い水面と、緑と、レジャー施設の彩りが次々と見え、視覚的に楽しさを提供してきた。しかし同時に見えた、豊富に堆積して漂う情念エコーの動きによって、もう誰も、一人としてこの場に居ない寂しさもまた、否応なく感じさせた。

「うん…。良い景色…」

 遠望鏡から離れ、今度は窓伝いに歩いてみる。彼女の半歩後ろを、接客用オートボットが常についていく。恐らくかつてもこのようにして宿泊客の後ろをついていくように命令が組まれているに違いない。

「……」

 彼女は再び空を、水面を見て、最初の疑問について考える。

 水はなぜ景色を映すのか。空はなぜ青いのか。見える太陽はなぜ白いのか。

 答えは今なお分からないが、彼女の中においては一つの結論が出ていた。

「このオートボットと同じで…。そう在るから、そう在るようにしか見えない。私も、そう在るようにしか見えない。まあ、つまり…」

 ぼふっと近くのソファに体を沈める。

「考えるだけ、疲れるだけ…だよねぇ…」

 そう言った後、全身を、これでもかと全力で、脱力させた。


 オートボットから提供された飲み物を飲んだ後、再び周囲に目を向ける。

「あ…」

その時、彼女の視覚に飛び込んできたのは、まるで景色を楽しむかのように漂う、情念エコーの光であった。

「まあ、良いよね。理屈はどうあれ、そこに在るんだから…」

 明るく優しい情念エコーの光が、ゆっくりと場を流れるように移動する様を見て、しみじみと呟くのだった。


※「エコー」シリーズは基本的に短編小説ですが、今回は複数の話で構成いたしました。ではここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。


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