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喚起された喜びのエコー  作者: ラウンド
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陸の海にて・Ⅰ

※想い出のエコーと繋がっております。


 水はなぜ景色を映すのか。空はなぜ青いのか。見える太陽はなぜ白いのか。

少女は独り、湖の近くでぼんやりと考えていた。必要な情念エコーの回収のために訪れたはずの場所が、余りにも風光明媚だったからだ。

「ドクターに聞けば…教えてくれそう。うん、後で聞こう…」

 いつものように、どこか眠そうな目と物静かな口調で妥協と思考放棄を宣言した少女は、改めて景色に目を向けた。


 そこは大きな湖だった。余りに広大であるため、人は「陸の海」或いは「遠江」と呼んでいる。本来の名前は失われて久しい。

かつては観光地として有名だったそうだが、今は、その面影は微塵もない。少女以外の人影が途絶えているこの場所には、他には雄大な自然と、観光客向けの施設だったものが残されている。いずれももう見る人も、役割も失っているが、不思議と荒れている様子はなかった。

「オートボットが管理して、いる?」

 少女は、その特徴的な銀髪を揺らしながら、かつてホテルとして利用されていた建物を散策する。所々に破損部分があるものの、施設内を動いている円筒型の小型機械が必要な補修を行っており、使用に大きな問題が起こらない状態に保っているように見えた。

「…ここを造った人々は、管理が上手だったのね。もう、使う人も居ないけれど」

 小型機械たちが、一所懸命に行き来して補修作業を進めている様子を微笑ましそうに見送りながら、少女は散策を続けていく。

 進むうち、観光客用の遊戯室に出た。今もなお稼働を続けている筐体が、軽快な音楽を電子的に奏でている。

「賑やか…」

 少女は遊戯室を散策する。

かつて、そこはゲームコーナーと呼ばれていた。娯楽用のコンテンツを電子的に、あるいは実体物で、有料で提供する場所だということを、少女はドクターから聞いていた。

浮遊都市アルカディアでは、もう禁止されていること。こういう感じなのね…」

 今では資料館の記録文書の中でしか見られない光景に、少女は興味深そうに筐体の画面を見つめる。画面内では、奥行きの表現された二次元の絵の上で、多数の戦闘機らしきものが濃密な弾幕を披露している。一目で、難しそうでドクターが興味を引かれそうだと、少女の印象には残った。

 視線を部屋全体に戻す。

 遊戯室中央には、光の粒子が、軽く渦を巻くほどに堆積していた。それは情念エコーと呼ばれている。

「……どうしてこの場所に、情念エコーが渦巻いているのかは分からないけれど。回収、しないとね」

 少女は持ってきていた鞄を開け、中から収容用の機械を取り出した。それは円筒状のガラスの上下に機械をはめ込んだ形態をもつ装置で、中に収容したものをガラス部分から視覚的に確認できる仕様になっているようだ。

「ポチポチ…と」

 少女は、装置に付属している機器を操作すると、今度は装置を光の粒子が堆積している場所の近くに設置した。数秒後、装置は動作を始め、花のつぼみが開くように変形した。

「この規模なら、十分かな…?」

 粒子の回収作業を始めた装置の動作に頷いた後、少女は再び散策を始めた。

 すると。

「コードV-anessa。ヴァネッサ。作業は順調?」

 電子音声にしては違和感のない流暢な発音で、少女に誰かが話しかけた。

「極めて順調ー。眠くなるよー…」

 ヴァネッサと呼ばれた少女はまったく動じることもなく、先ほどと変わらない調子で答えたあと、声の主に向き直った。声がしたそこには、表面に突起等の無い直方体に、マニピュレータ二本と脚部が四本とが接続された小型機械が待機していた。

「間違っても寝ないで。それにしても…」

 四脚機械は、視覚に相当するセンサーを明滅させ、周辺を見渡す。

「ここは賑やかね。浮遊都市アルカディアの政治屋連中が見たら卒倒しそうだけど。あっちだと、遊戯機械を集めて興じる施設の建造は禁止だから」

「…個人所有は許される。ドクターも、持ってる…。今そこに見えてるような…」

 先ほどの筐体を示して見せる。四脚機械が視覚センサーを向ける。

「なるほどね。確かにドクターは好きそうよね。ヴァネッサは欲しい?こういう遊戯機械」

「興味はある。楽しそうでもある。それでも私は書籍がいい。文字を眺めていたい」

 ヴァネッサはやはりどこか眠そうな目でそう返した。実際、開かれている彼女の鞄からは何冊かの紙媒体の本が覗いていた。

「本ね。でも高いのよね、本って。貴重品だから」

「ん。情念エコー検査してリサイクルした本があるから、買う必要はないね…まだ」

 鞄から一冊の本を取り出す。古びてはいるが、読むのに不都合はなさそうだった。

「それならいいんだけれど。さぁて、ここの情念エコー量は凄まじいけれど、何でまたこんなに大量になってるのかしらね」

「……楽しいから、じゃないの?ドクターがそんな感じだし…」

「ああ…、そうね。情念エコーだもの。感情の集まる場所には大量に堆積しても不思議はない…か」

「ボクス…装置の監視を宜しく。私は、周囲の見回りをしてくるから…」

 そう言うとヴァネッサは本を片手に遊戯室を出て行こうとする。

 ボクスと呼ばれた四脚機械は、すぐさま装置の位置を確認し、直方体から対敵性体ノイズ用障壁発生装置を展開する。

「どうでも良いけれど、あまり遠くまで行くんじゃないわよー?規定時間には戻っておいでねー?」

「はーい」

 ヴァネッサはのんびりと返事した後、遊戯室から続く廊下へと姿を消した。


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