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稀代の魔術師

「王宮魔術師長のマッシュじゃ」


 そう言って一人の老紳士がやって来たのは、変な魔術師たちが来た翌日だった。

 名乗った役職は、宮廷魔術師を束ねるトップ、王宮魔術師長。とんでもない雲の上の存在の人だった。

 真っ白で長い頭髪に、仕立てのよさそうなローブ。

 いかにもという役職に見合った容姿をしていた。


「魔術師長……さまですか?」

「昨日はウチの若いのがご迷惑をかけたのう」

「あの若い魔術師っぽい方ですね?」

「そうじゃ。変わった召喚術を使う方がおると聞いて、慎重に調べるようにと言ったんじゃが……」


 どうやら、昨日の事件は若手魔術師の暴走だったらしい。


「私、特に法律に触れること、してませんよね?」

「ええ、それはもう」


 それなら安心だ。

 これからも動物園を運営することができる。


「それなら、昨日はなにをしに来たんですか?」


 変な男は私の召喚獣だという証明をしたら、逃げるように帰ってしまった。


「ミサキ殿の魔術の調査じゃ。ミサキ殿が魔術を発動してくださったそうですな? それなのに自分を攻撃されると思い込んだようじゃ。んで、ミサキ殿を捕えよと喚いておったわい。本当に今時の若い者は頼んだこともろくにできん上に声だけは大きくてかなわん……」


 マッシュが残念そうに首を左右に振る。

 いろいろと苦労をしているらしい。


「どうしてまた調査なんて」

「それはお主の類まれなる能力が漏れ聞こえてきたからじゃ」

「類まれなる能力?」


 冒険者ギルドでバカにされる能力なら持っていたが、類まれなる能力というのは意味が分からない。


「ふぉふぉっ、やはり無自覚のようじゃな」

「…………?」

「お主は王宮魔術師長である儂よりも何倍もの魔力を持っておるのじゃ」

「はぁ……」

「でなければこれだけの魔獣を同時償還することなどできぬ」


 マッシュは動物園となった庭でバタバタとじゃれあう多くの魔獣へと視線を送る。

 その数は既に三百を超えているだろう。


 しかし召喚獣がこれでは、やはり動物園くらいしか活用の道がない。

 どうして私の召喚術は子供しか出てこないのだろうか。


「ちょっと伺いたいことがあるんですが……」

「儂で分かることなら」


 私はどれだけ頑張っても、魔獣の子供しか召喚できないという悩みを相談した。

 昨日の男とは違い、マッシュさんならいろいろ知っているはずだ。


「……それは儂にも分からんな」

「そうでしたか……」


 しかし、結果は残念なものだった。


「じゃが――」

「……?」


 マッシュは少しだけ間を置くと、再びゆっくりと口を開く。


「――改めてお主と対面したことで、たぐいまれなる魔力を持っているということはよく分かった。なあミサキとやら。わしと一緒に王宮勤めをしてはみぬか」


 突然マッシュの口から思いもしない言葉が飛び出したことで、私は固まる。


「王宮……勤め!?」


 王宮勤めといえば、誰もが憧れるエリートコースだ。

 もちろん給金だってしっかりと払われるはず。

 生活は保障されるといって間違いないだろう。

 となると、ミラとの生活も安泰のものとなる。


 私はゴクリと生唾を飲み込む。


「王宮で仲間とともに研究をすれば、お主の悩みも解明するやもしれぬ。それに稀代の魔術師ともいえる魔力量があれば、他にも使い道はたくさんある」


 願ってもないオファーだ。

 公務員のような安定の立場になり、さらに自分の抱える謎まで研究できる。


 正直、亡くした夫以外にこの世界の人とのつながりはほとんどない。

 動物園の経営がうまくいかなかったときのことを考えると、このオファーは絶対に受けたほうがいいだろう。


 でも――――


 私は視線を横へとずらす。

 視界に入ったのは、キャッキャとケロちゃんやジャンボと遊ぶミラの姿だ。


 せっかくここまで来た動物園は閉鎖しなければいけなくなる。

 もっと多くの笑顔をここで見ていたい。その気持ちも強かった。


「悩んでおる様子じゃな」

「はい……」

「なにも今すぐに決めることはない。人生、長いのじゃ」

「てことは……」


 今決めずとも、じっくりと動物園を運営しながら考えてもいいということだろうか。


「もちろんじゃ。気が向いたらいつでも儂に会いに来て欲しいぞ」


 そう言うと、フォッフォッフォと笑いながらマッシュさんは帰っていった。




 翌日。


 ようやく『ミサキふれあい動物園』は営業を再開することができた。


 当初は客足の戻りが鈍かったものの、騒動があったことで私の能力が知れ渡り、日が経つにつれ今まで来なかった客層の人まで来るようになった。


「あ、グランツさん! 今日も来てくれたんですね」

「ああ。野郎どものパーティーで汗臭い毎日ばかりってのもなんだしな。俺には癒しが必要だ。癒しが」


 こうやって冒険者が癒されに来ることも少なくなかった。

 そして以前とは違い、冒険者たちからバカにされることもなくなった。


「仕事は大丈夫なんですか?」


 その中でもグランツさんは、仕事は大丈夫なのだろうかというくらいに何度も来ている。


「なあに、俺はもうAランクだからな。大きな仕事を月イチくらいでこなしていれば食っていけるんだよ」


 格好をつけてるように見えるが、微妙に胡散臭く見えてしまった。

 こんなところで毎日油を売らず、せめて月の半分くらいは働いていた方がかっこよく見える気がする。


「ふうん……」


 そんな無駄話をしているうちに、餌やり体験の時間がやって来た。


「さて、ご飯の時間だよ。この子達にごはんをあげたいお友達!」

「ハイハイハイハイハイ!」


 今日も多くの手が挙がった。

 会話を途中で打ち切られ、ぽつんとしていたグランツさんにも声をかける。


「そこの大きなお友達も一緒に餌やり、する?」

「お、大きなお友達?」

「やらないなら結構」

「あ、ちょ! やります。やらせて頂きます!」


 慌ててグランツさんも銅貨一枚を渡してきたため、野菜スティックと交換する。

 そんなグランツさんは目じりを下げながら、子供たちと紛れてホーンラビットに餌やりをする。

 私はそんな子供たちの様子を微笑ましく見守る。



 やっぱり動物園で楽しいお友達と遊ぶのが一番。


 だから私は、今日も元気に動物園の運営をするのだった。


思い付きで書き始めた短編、これにて完了です。

お読みいただきありがとうございます。

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