増殖する魔獣たち
「ただいま」
「あ、ママ! お帰り!!」
家に帰ると六歳になる一人娘のミラが猛ダッシュで私に飛びついてきた。顔をおなかにぐりぐりとした後、私を見上げる。
「どうだった? お仕事」
「それがね……今日も失敗しちゃった」
私が残念そうにそう言うのだが、その言葉に反しミラは目を輝かせる。
「ママ! どんな子が出たの?」
ハイテンションな理由。それは、私が「失敗した」といえば、可愛らしい子供の魔獣を連れて帰って来ることを知っている。だから毎回この反応になる。親の心子知らずもいいところだけれど、この歳の子なら自然な反応だろう。
「ちょっと待っててね」
私は玄関に立ったまま亜空間に送っていたケルベロスを再び呼び寄せる。私の手元に、真っ白でフワフワなケルベロスが現れた。いちど召喚さえしてしまえば、次から同じ個体の出し入れは、こんな感じで簡単にできる。
「わぁ、可愛い!」
ミラは三つあるケルベロスの頭を順に撫でていく。ケルベロスも嬉しそうに順に目を細めていく。
「この子はなんて言うお名前?」
「うーん、まだ決めてなかったよ。ケルベロスだから……」
伝説の魔獣と言ってもいい高位の存在だ。だからそれに見合った格式の高い名前を付けてあげなければならない。どんな名前がいいのだろう、そう考え始めた途端、ミラが声を上げる。
「ならケロちゃんね!」
「ケロ……ちゃん?」
ケロちゃんだと!? この世界で生まれ育ったミラは知らないだろうが、ケロちゃんといえばカエルと相場が決まっている。カエルファンの方には申し訳ないが、そんな名前を付けるわけにはいかない。私の中でイメージとの相違が違いすぎる。せめてワンちゃんとかポチくらいにしてくれないだろうか。
私は改めてケルベロスへと視線を送る。ところが当のケルベロスは、まんざらではない様子だ。ミラに向かって短い尻尾をブンブンと振っている。きみ、本当にそれでいいの?
「ケロちゃんで決まりね! ケロちゃん、あっちで遊ぼ!」
パタパタと奥へ駆けだしたミラの後を追い、ケルベロスも家の奥へと駆けて行く。
あ、ツルツル滑るフローリングの床でコケた。可愛らしい奴め。
一人と一匹が向かった先のダイニングには、ミラと一緒に留守番をしてくれていた魔獣がいた。子猫の背中にちょこんと可愛らしいコウモリの羽のようなものが載っている。この子はライオン型のSランク魔獣、マンティコアの子供だ。ちなみに娘にティアちゃんと命名されている。うん。我が娘の命名規則にブレはなかった。
「ティアちゃん。この子は新しい家族のケロちゃんだよ」
「ミャオゥ」
子猫よりは少しだけ太い声でティアは答えた。それから一人と二匹はパタパタと部屋で走り回りながら遊び始めた。私名そんな姿を横目に、お茶を飲みながら一息つく。
それにしても困った。
失敗が続くたびにこうして魔獣の子供が増え続けている。通常、召喚獣は戦闘で一定以上のダメージを負うか召喚者の魔力が切れない限り、消えることはない。そして今のところ魔力切れになる気配は一切ない。
この子たちは既に情が移っている。私が外出してる時はこうしてミラを守ってくれている……はず。ミラも懐いているから、こっそりと処分してしまうこともできない。
それならば時間をかけて十分な戦闘力を持つまで育てればいいのではと思ったこともある。しかし、 召喚獣は一種の魔力の塊だ。そこら辺にいる普通の魔獣のように餌も食べない代わりに成長もしない。子供の状態で召喚されたらずっと子供のままだ。
一応、ミラ基準で「かわいくない子」は亜空間にしまってある。
それにしてもこの亜空間。どれだけの容量があるのだろう。
――このままでは家は召喚獣だらけになってしまう。
私はそんなことを考えながら、新しいお友達と楽しそうに遊ぶミラの姿を眺めるのだった。