第一話 犬と王子様 9
普通……とは違う。
どこにいても、長門は異質だった。
人種の坩堝である合衆国にさえ、長門の居場所はなかった。
長門が育った施設にはアジア系の子供もいたが、長門には馴染みが薄かった。
暗殺組織の中においても、そして故郷である筈の日本、このSGAという組織においても、長門は異物でしかない。
小さい頃。
長門は、物心ついた時には、人を殺すテクニックを学んでいた。
四つか五つの時だった――長門が、養護施設から逃げ出したのは。
逃げずにいれば両親や、自分が捨てられた理由も、その内おいおい分かったかも知れない。
その時長門が知っていたのは、自分の名前だけだった。そして今もそれは変わらない。
両親のことも、日本人(または日系)である自分がアメリカにいた理由も、何一つ分からなかった。
分からないながらも長門は、幼い頃から既に、日本語と英語の両方に通じていた。
顔も知らない両親の置き土産だろうか。
だからこそ、役に立つと踏まれたのかも知れない。
長門はある男によって、新しい落ち着き先を世話された。男は、自分のことを父と呼ぶようにと言った。
しかし、もちろん本当の父ではなかった。養子でもなんでもない。
文字通り、犬や猫の子を拾うように長門は拾われたのだ。
自分を拾った男が暗黒街を牛耳る暗殺組織のボスだと知ったのは、もっと大きくなってからだった。
どこかで薄々は感じてはいたが、長門はただ言われた通り、銃の扱いから人体急所、体術から拷問の仕方、薬物、爆発物の取扱いと、さまざまなことを学んでいった。
男は長門を、殺人マシーンとして育てた。
何が善で何が悪か、教えてくれる人間は、長門の側にはいなかった。
施設にいた時もそうだ。
養護施設などと言っても、子供なんてものは、手さえかからなければそれでよしとしていた部分があった。
人種差別、貧困、薬、犯罪。
自由の裏には、まるで膿のようなものが詰まっている。それが、長門の知るアメリカという国だ。
長門がいたのは、私設のホームか何かだったのだろう。
大人になってからも、訪ねてみようと思ったことは一度もない。
ひどいところだったのか、今の長門には判断できなかった。ただこの施設にいても、未来はないと感じた長門は、そこを逃げ出した。
生きていくには無論、金が必要だ。
衣食住を揃えなければならない。
金を得る方法と言っても、四才の子供にできることなど知れたものだという一方、できることだってあったのだ。
金を持っている人間から少しばかり戴くことに、長門は何の罪悪感も覚えなかった。