第一話 犬と王子様 7
守る必要のある人間だと認めた者にだけ、クラディスは懐いているような節がある。
綾瀬にしても、巴にしても、この少女にしても。
ただ女嫌いと言うのはかなりのものらしく、メンバーの中で紅一点である愛美と、秘書の西川には甘えてみせたりすることはなかった。
綾瀬の秘書が殆どの面倒を見ているにも関わらず、クラディスは自分の下撲か何かのように思っているようだ。
人間の女に対する嫉妬が何かだとすれば、一応は愛美も女性として認められているということなのだろうか。
いや、そうではなく、子供だと思っているのかも知れない。
舐めるように飲んでいたウィスキーのボトルが空になったのを潮に、長門は立ち上がってクラディスを促した。
クラディスは、まだ名残惜しそうにしている。
「帰るぞ」
少女は、帰る素振りを見せなかった。
クラディスは長門に手綱を引かれて、渋々と立ち上がった。
帰らないのか。遅くなるぞ。誰か待っているのか。
幾つかの言葉が、長門の喉元まで出かかったが、結局は言葉にならなかった。
「バイバイ」
少女は、どちらにともなく手を振った。
長門は何か言うべきかと思ったが、何も言わないままその場を立ち去った。そう言えば、名前さえ聞いていない。
あんな所で、何をしているのだろう。
夏場のように、六時七時まで明るい訳ではない。
いや。暗くても明るくても、少女には違いはないのか。だが、遅くなったら親が心配するかも知れない。
長門は、ほんの少しだけ少女のことを気にした。
クラディスが気掛かりそうにしているので、そう感じただけかも知れない。
気にするようなこともない。気にするようなことは何もない。
長門はクラディスの散歩を終えて、家へと辿りついた。
コンビニで、酒と食べられそうな物を買い込んでおいた。
当分は、外に出ずに済むだろう。
クラディスは餌と水を飲んだ後は、こ汚いクッションに顔を埋めて眠っている。
長門はいつものようにアルコールを口にしながら、眠りの訪れない長い夜を、ぼんやりと過ごしていた。
ベッドで睡眠をとっていた長門を、クラディスが叩き起こしたのは、次の日の午後四時過ぎだ。
仕事で狂った生活のリズムを、常態に戻すのはなかなか難しい。
長門はいつだって、規則正しいサイクルができあがる前に、再び仕事に戻るということを繰り返していた。
大抵長門は、一日二十四時間ではなく三十六時間ぐらいのサイクルで、睡眠を三時間ばかりとることになってしまう。
オンとオフなどという概念は、長門にはない。