第一話 犬と王子様 6
暫くして少女が、
「お名前は?」
と言ったので、長門は反射的に、
「長門」と、答えた。
少女が首を傾げつつ、クラディスの顔に自分の顔を近付ける。
「ナガト?」
長門は、自分の名前を聞かれたのではないことが分かった。
「そいつはクラディス」
見えていないのは分かっていたが、思わず顎でクラディスを指し示す。
少女は顔を上げると、長門の方を見た。
「そう。この子がクラディスさんで、あなたはナガトさんなのね」
少女は、嬉しそうにクラディスの耳許で名前を囁いた。
――クラディス。
――クラディスは毛がフサフサしていて暖かいのね。
そしてまた顔を上げると、今度は長門に向かって質問した。
「ナガトのおじさん? それともお兄さん?」
そんなふうに呼ばれたことはないので、途惑うばかりだ。
小学生の子供からすれば二十歳を過ぎれば十分な年寄りだろうが、だからと言っておじさんと呼ばれるほどの年ではないとも思ってしまう。
本当のところは、どうなるのだろう。
長門は、今年で二十二才になる筈だった。
誕生日もはっきりしないので、少しズレているかも知れない。
しかし一、二年のズレなど、長門にとっては大した意味もなかった。
長門は義務教育すら受けていない。学校に行ったことはなかった。
幼い頃の長門に必要とされたのは、エレメンタリースクールで学ぶことではなく、早く銃やナイフの扱い方を覚えることだった。
知識と呼ぶものならば、高卒程度の一般教養と、殺し屋に必要と思われるあらゆる知識に通暁している。
医学、薬学や物理・化学は、かなり高等で専門的な知識にまで及んでいた。
しかし知識はあくまで知識。
それがどれだけ実戦にいかせるかが、殺し屋として優秀か否かが決まる。
「どちらでも」
長門は、曖昧な返答をした。
少女はきょとんとした顔で、やっぱり「ふうん」とだけ返事をする。
その後は会話もなく、少女は専らクラディスを撫で回していた。
あまり触られるのは好きではないと思っていたが、少女の手が頭や顎、背中にかけて何往復するのに、クラディスは文句一つ言わなかった。
反対に、気持ち良さそうに目を細めてさえいる。
クラディスは少女のスカートの膝に顎を載せて、時々クフンクフンと鼻を鳴らしていた。
同じようにしてよく巴にもくっついている姿を、長門は見かけている。
確か、綾瀬が言うには、クラディスは子供と女が嫌いな筈だ。
しかし、巴には心底懐いている。懐くというより、巴を守ってやっている気なのかも知れない。