第一話 犬と王子様 5
突然、ハッと立ち止まったクラディスは、再び強い力で長門を引っ張り出した。
「賢い犬だと聞いていたんだが……な」
長門は、嘆息しながら呟いた。
ベンチへと、クラディスは長門を引きずっていく。
目当てはそこか。
ベンチに一人の少女が座っていた。長門にとっては子供はみんな子供で、制服を着ていても、いなくても年の頃など判断できなかった。
多分少女は、小学生なのだろう。茶色のスカートに上っ張りを着て、赤いランドセルは傍らに置いてあった。
クラディスはオズオズと言った様子で、クゥーンと鼻にかかった甘えた声を出した。
少女の顔に、微笑みが浮かぶ。
「犬さん、おいで」
差し出された手に鼻面を押しつけようとするが、長門が強く手綱を握っていたので、今度はクラディスが引き戻された。
恨みがましい目で見るので、長門は仕方なく手綱を緩めてやる。
少女はベンチから身を乗り出すようにして、クラディスの首を抱くようにした。クラディスはまるで母親のような顔で、少女のなすがままになっている。
「あなた、大きいのね」
長門は、そこでようやく合点がいく。
思わず長門は、
「見えないのか?」と、聞いていた。
少女がギョッとしたのが、見ている長門にも分かる。
怯えさせたかと思ったが、クラディスが頬を寄せるのに、少女は気を取り直したように、長門の方をちゃんと見た。
しかし、その目は焦点を結んでいない――目が見えないのだ。
「普通なら気配で分かるのに、分からなかったわ。あなた、幽霊なの?」
少女は、確かめるかのように長門の方に手を伸ばす。
その手を掴んでやるべきなのか、長門にはどうしたものか判断がつかなかった。
腕が、長門の足に触れる。
少女は、驚いたように顔を上げた。
「足はあるのね」
長門は曖昧な顔で、何を言うべきか考えた。
「外国では、幽霊に足がある。足音だけの幽霊とか」
結局訳の分からない返事になってしまったが、少女は気にしなかったようだ。
長門に対しての警戒心は、解けたらしい。
ふうんとだけ答えて、クラディスの背中を優しく撫でてやっていた。
自分が幽霊だとも幽霊ではないともはっきりさせていないが、聞きようによっては肯定しているようでもある。
どっちにしろ長門は、幽霊のようなものかも知れない。
クラディスが頑として動こうとしないので、長門は仕方なくベンチの端に座って、尻ポケットに捩じ込んでいたポケットウィスキーのキャップを開けて啜り始めた。
少女は、楽しそうにクラディスを撫でてやっている。
まあ、いい。
これも仕事の内だ。