第一話 犬と王子様 3
長門のぶっきらぼうな話し方でも、綾瀬となら問題なく会話が営める。
東大寺ならば、長門の言葉すらも代わりに自分で喋ってくれるので、もっと楽だ。
「愛美は、今仕事で寮暮らしだ。知らなかったのか?」
そう言えば、それらしいことを本人が言っていたような気もする。
長門は、次に言う言葉も見つからずに、黙ってこちらを窺っている犬に視線を移した。
「遥のアパートは狭いし、ペットホテルなど問題外だ」
と、綾瀬は言い切って、
「まあそういうことだ。頼んだぞ」
と、軽く言った。
反論を挟む隙はなかった。
綾瀬に半ば強引に決められて、長門はそのクラディスを連れて帰ることになった。
犬を連れていくとなると、餌や何かといった物も必要になる。犬だけ連れていく訳にはいかないらしい。
長門は結構な重さになる荷物を両手に抱えて、エレベーターに乗り込んだ。
クラディスは、足元に座っている。
荷物を揺すり上げると、胸の傷が少し引き攣った。肩の銃創は完治していたが、夏の終わり頃に負った怪我の治癒が遅れていた。
それでも、別段動くにも不自由はない。
愛美の腕の傷を治療するのに合わせて、紫苑がついでに長門の傷も診ようと言ったが、彼は不必要だと突っぱねた。
女でもあるまいし、傷が残って困る体でもない。
長門ならば身一つでどこにでも行けるが、クラディスは犬でありながら沢山の物を必要とするらしい。
長門は、半生タイプのドッグフードと缶詰めといった餌だけでなく、何か色々な物が詰め込まれた紙袋まで、秘書から手渡された。
袋からは、クッションの端まで覗いている。何に使うのだろう。
近くに停めてあった、現在使っている黒のスポーツカーの後部ドアを開けて、荷物を積む。
クラディスに顎で促すと、進んで自分から車に乗った。
頭がいいと言うのは、本当らしい。
ドアを閉めて運転席に回り込む長門に合わせるように、クラディスも後部座席から助手席にちゃかり回り込んでいた。
窓の内と外で睨み合うこと数秒。
面倒臭くなった長門は、運転席に乗り込んだ。
犬を助手席に乗せて、ンションに辿りついた長門は、厄介な荷物とともに(クラディスも含め)部屋に帰り着いた。
玄関に足を踏み入れただけで、人の気配が絶えているのが分かる。嘘寒いような雰囲気に、長門は我知らず首を竦めた。
クラディスは、さっさと上がり込んでいる。
東大寺もそうだったが、本分が学生である愛美とも、生活サイクルが違う為に顔を合わせることは滅多となかったが、人の気配はそれだけで長門を安らかな気分にさせる。