第一話 犬と王子様 20
何、食べて生きてるのか分からない人ねと愛美は言いながら、スナック菓子を開けにかかっていた。
シートの部分が固いので四苦八苦しているので、長門は黙って手を出す。
愛美も黙って、筒を長門に渡した。
「王子様は、来るものなのか?」
不意に、長門の口から言葉が零れる。
「王子様?」
愛美が不可解そうな顔で、長門を見た。
いきなり王子様も何もない。
説明するのが面倒だし、どう言っていいものかも分からない。
何でもないと言うように、手を振ろうとしたが、愛美はジッと何かを考えているようだ。
そして。
「女の子は、みんな白馬に乗った王子様に憧れるものよね。いつか私だけの王子様があらわれる。本当、永遠の憧れの御伽噺だわ。小さい頃、読まなかったの? 白雪姫とか眠り姫とか、ラプンツェルとか」
と言って、愛美はクスリと笑みを洩らした。
――大概の女の子には来るんでしょう。
そう言って愛美は、長門が開けたお菓子をひと摘み口に放り込んだ。
白雪姫。眠り姫。
ディズニーのキャラクターとして、見た覚えがある程度だ。
黙っている長門に、言うだけ無駄だったというように、愛美は呟く。
「まあ、男だしね」
そう言って、夢がないんだからと付け加えた。
俯いている顔は伏せ気味にした目といい、軽く結ばれた唇といい、思わず人を魅きつけてやまないものが愛美にはある。
長門は愛美の顔に見とれながら、
「お前もか?」
と、聞いた。
待っている。いつか王子様が。
どこかで聞いたことのある台詞だ。
愛美は、長門の言葉の意味をとり損ねてきょとんとした顔をしている。
王子様とやらに憧れるものなのかと重ねて聞こうとしたが、その前に愛美は意味を理解したようだ。
愛美は長門によく見せるように、イーッとやった。
まるで、小さい子供だな。
長門の言葉をどう受け止めたものか。別に馬鹿にするつもりはなかったのだが、何かおかしな風にとったらしい。
「生憎、私は可愛げのある女の子じゃありませんから。幸せはね、自分で掴むもの、王子様も自分で見つけるわよ」
ポテトを数枚食べただけで、残りは長門の手に押しつけた。
長門は一枚口にしようとして、自分を見ているクラディスに気付く。
一応、食べるか?と聞いた。
クラディスが欲しいと言うので、一枚だけだぞと言って口元に持っていってやった。
愛美が、犬と会話をしてどうするのと呆れている。
「馬ね」
一口でポテトチップを腹に納めて、クラディスはペロリと口の周りを舐めた。
ようやく意味が分かった。
長門は小さく喉を鳴らして笑うと、クラディスの首の辺りを軽く叩いた。
「おい、馬だとよ。白馬には程遠いな」
愛美はその様子を見ていたが、不意に長門にウィンクして見せる。
長門は、少しだけ動揺した。勿論、愛美は気付かなかっただろうが。
「あなたはさしずめ、犬を連れた王子様ね。あなたが王子様の女の子に、私は同情するわよ。こーんな、奴じゃね」
何も知らない愛美はそう言うと、屈託のない笑い声を上げた。
おかしそうにクスクス笑っている愛美の後ろの窓には、奇麗な青空が広がっている。
暖かい。
身体が?
いや、暖かいのは心だ。
なぜ?
なぜたろう――考えなくていい。
考えなくとも長門は、日溜まりにでもいるような気分がすることは、確かだった。
ああ、空が……高い。
第一話『犬と王子様』完