第一話 犬と王子様 2
光量の調節機能のイカれた目を、常時サングラスで補っているような男だが、そこにつけこむにしろ長門に綾瀬が殺せるかは疑問だ。
綾瀬は、ノックもせずに部屋に入り込んだ長門を咎めるでもなく、顎でソファを示した。
「ちょうどいいところにきた。一週間ほどクラディスを預かってくれ」
綾瀬は、頭ごなしに人を使う人間ではない。
長門は、人間は感情のない道具だと思っている奴らに使われてきたのだ。だから、それは分かる。
綾瀬に勧められて、本革張りのソファに長門は腰を下ろした。
フェイクではない。
綾瀬の身につけている物もこの部屋の調度も、ある種の人間に対して有効な手段となる。
しかし本物で飾り立てた人間の本性こそが、偽物でしかない現実を長門は知っている。
それを綾瀬に当て填めるのは、間違いだ。
この男の価値はむしろ、全てを取り去ったところにある。
「ちょっとした野暮用で、暫く留守にする。連絡が必要になれば、西川の携帯にかけてくれればいい」
綾瀬は必要なことだけ言ってしまおうと、長門が聞いているのかいないのかも構わない様子で話し続ける。
長門はきりをみて、綾瀬の言葉を遮った。
「クラディス」
それは一体何だ? 物か人か?
「こちらのお嬢さんだ」
綾瀬は、足元に寝そべっているそのお嬢さんを、恭々しく長門に紹介した。
ゴールデンレトリバーと言う種類なのは、聞き知っている。確か、頭もいいらしい。
「それはお前の」
犬。
撃ち殺すかナイフで喉を切るか、蹴り飛ばす獣としか長門は認識していない。
長門を侵入者として排除しようとする番犬か、街の裏通りで卑屈な目でゴミを漁る野良犬だけが、長門の知っている犬だ。
ペットとして可愛がる心情は、理解できない。
だからか、クラディスを前にすると、長門は必要上以上に構えてしまう。犬が怖い訳でも、苦手な訳でもないのだが、途惑いばかりが先に立つ。
説明するのも面倒臭いので、長門は犬嫌いで通していた。
「巴は」
巴和馬。
初めて会った時は、確か小学四年生だった。それから二年が経つが、成長しているのかよく分からない。
このクラディス同様、長門には子供も馴染みのない生き物だ。
巴は、人には懐かない癖に、この犬にはよく懐いているようだった。用はなくとも、犬の相手をする為に、この部屋に入り浸っていたこともあるぐらいだ。
「母親が、アレルギー体質なんだそうだ」
長門は、質問が途切れた時が年貢の納め時だとでもいうように、思い浮かぶまま口にしていった。
「あの娘か、他にも」
方法ならある筈だ。