第一話 犬と王子様 12
頭の中の考えは脈絡も繋がりもなく、言葉となることもなかった。
何らかの返事をしなければと思うが、どう言えばいいのか長門には分からない。
もしここにいるのが愛美ならば、気の利いたことの一つや二つ言っただろう。この少女も、随分救われた思いをしたかも知れない。
愛美は、子供であろうと大人だろうと、真っ向から向き合おうとする。
まるで、自分自身と対峙するかのように。
人の為に怒ったり泣いたり、自分をすり減らすようにして生きている。疲れる生き方のように長門には見える。
人の生き方を、どうこう言える筋合いではないが。
「そうか」
長門は面倒になって、ただそれだけ返した。
最初から、そんなもので良かったのかも知れない。
少女はパッと表情を変えると、ねえと無邪気な顔をした。無心な笑顔は、愛美の見せる笑顔に少しだけ似ている。
愛美の笑顔は、幼い子供のような衒いのないものだ。
ただ単に無邪気な子供なのではなく、愛美は痛みを知っている人間だった。
それなのに、なぜあんなふうに笑えるのだろう。長門には、やはり理解できないことだ。
「大きくなったら、何になりたかった?」
少女はニコニコとしながら、長門に向き直っている。
クラディスが少女の足元に寄り添い、顎を膝へと載せて、長門のことを上目遣いで見た。
少しは、まともな返事をしろよと言われているかのようだ。
何になりたい。
なることが決まっていた。
「いい……」
殺し屋。
言っても、冗談としかとられないだろう。
「いい人」
少女は驚いたようだ。
「みんな大きくなったら、パティシエとか保育園の先生とか、芸能人とか言うけど、あなたはいい人になりたかったんだ。スゴイのね」
もし、養護施設から逃げなければ?
捨てられた子供を、養子にしようという奇特な人間に、引きとられていたとしたら?
長門は、エレメンタリーからハイスクールを出て、今頃はカレッジに通っていたかも知れない。
ちょっとした企業にでも入って、親の言う通りのいい子でいたことだろう。
心の底から、長門がその状況を欲しているかは分からない。
いや、そんな家に引きとられた時点で、長門の人格にもまた違った影響が与えられていたかも知れない。
しかし、この世にifなんてものはないのだ。
I wish I was…….
長門には、殺し屋として生きる道しかなかった。
「いい人に、なれた?」
窺うようにそう聞いた少女に、長門は手の中のバーボンの小瓶を弄びながら答えた。
「まあ。そこそこは」
それは、謙遜と言うものだろう。