第一話 犬と王子様 11
「だってあたし、知ってるもの。友達があたしに優しくしてくれるのは、先生がそうしなさいって言ったからなのよ。本当に、あたしに優しくしたいと思ってしている訳じゃないわ。だからあたし、わざと困らせるようなことしてやるの。パパもママもそうよ。あたしは可愛そうな子だから、悪いことなんかしないと思ってるの」
少女は声に出して笑ったが、とても悲しげであった。
巴と同じ年ぐらいか、それよりも少し下なだけか。
見た目で言えば、いかにも幼い体格の巴の方が年下に見えるだろう。この年頃では、女の子の方がいい体格をしているものだ。
日本と言う温ま湯の、それも義務教育という名の箱庭の中で生きている少女の十年ばかりの人生の中で何があったのか、長門に分かろう筈がない。
自分が同じ年頃に何をしていたなんてことは、考える上では何ら役に立たない。あまりにも日常と掛け離れた生活を送っていたのだから。
――What is the way to make people speak efficiently?
(効率よく人の口を割る方法は?)
長門は、〈父〉その人によって暗殺のテクニックを仕込まれた。
――torture
(拷問)
この少女には少女なりの、問題があるのだろう。
目が見えないことによって引き起こされる他人との間の屈託と、自分自身が抱えてしまった屈託。
人間、誰にだって問題なんて大なり小なりあるものだ。
そんなふうに片付けてしまうと、問題発言などととられてしまうのだろうか。
世知辛い世の中と言うやつだ。
誰にも人のことは分からない。同じ状況になったからと言って皆が皆、同じように感じるものでもないだろう。
お前に何が分かると言われれば、長門には手も足も出ない。
ただ、長門は自分の境遇を嘆くような気持ちもなかった。
何も考えていないのだ。だから何も感じない。
長門にものを感じるだけの感受性が残っているのか、それすらも怪しいものだ。
だから長門は、慰めの言葉を知らない。
与えられた以上のものを望めない長門には、他人の痛みは理解できない。
こだわるだけのものがないのだ。
他人の誹謗中傷も、長門には届かない。
ただ普通の人間は、色々と屈託を抱えているものだ。
この少女とはまた違うが、あの綾瀬も視覚に異常がある。
綾瀬はあらゆるもので、自分の不自由な点から人の目を逸らせることには成功している。
しかし自分からは、決して逃れることはできないのだ。あの男でさえ、何らかの屈託を抱えている。
それを肩代わりすることは誰にもできない。
所詮人間は、一人で生きていかなくてはならないものだ。