第一話 犬と王子様 1
いつか王子様が迎えにきてくれる
信じていればいつか叶う
信じることだけが あたしにできることだから
空が高いのは、秋だからだ。
そんなどうでもいいことに頭が回るのは、ぽっかりと空いた時間ができたからだろう。
空はもちろん世界中のどこからでも見えるが、それぞれの場所から見る空の顔は、やはり違っている。
ニューヨークの空は低く、L.A.の空は薄汚れていた。
一度だけ行ったフロリダの空の青さに匹敵する空を、長門は見たことがない。
この東京の空は、L.A.のそれに似ているようだ。
ここ一月ばかりで長門は、頼まれていた仕事を三件ばかり熟した。
最初の一件は、人と組んでの仕事だった。
ただ、いつものように相手は東大寺だったので、さほど面倒はなかった。
平和主義の紫苑や愛美が、足手まといになると言うのでは決してない。
気分的なものが違うのだ。
やはり、一人が気楽でいい。集団の中で、いつもはぐれてしまうのは性分だ。
二人殺って、海に沈めた。今頃は、魚の餌だ。
どんな奴だったのか。四、五日前のことに過ぎないにも関わらず、長門は殺した人間の顔が思い出せなかった。
今まで殺した人間の数は、四、五十人では利かないだろう。正確な数は長門は覚えていないし、また数えてみる必要もなかった。
殺し屋に人殺しの倫理を説くのは物を知らないか、似而非宗教者か、人を殺したことのある人間だけだろう。
流れ流れて、長門は極東の猥雑そのものの都市の片隅で、こうして空を見上げることになった。
今の長門にはSGAのメンバーという肩書きがついていたが、施設から、組織から逃げたように、いつか長門はこのSGAからもきっと逃げることになるのだろう。
どこにいても長門の役割は変わらない。ただ、与えられた仕事を黙々と捌くだけだ。
前にいた組織と比べて、このSGAが居心地がいいかと言えば、別にそんなこともない。
どこでだって生きていける長門ではあるが、どこにいても結局は芯から馴染めないことも、分かりきったことだった。
このSGAという会社では、綾瀬という三十絡みの男が、社長の座に収まっている。
綾瀬は、人を喰った男だ。しかし暗黒界を取り仕切るにしては、人が好すぎる感がある。
エレベーターを降りて、施錠されていない扉から部屋へと入った。
長門は、秘書の女にちょっと合図して、応接室に入った。
綾瀬が、アームチェアーをクルリと回してこちらを向く。
いつもながら、隙を感じさせない男だ。もしこの男の殺しを長門が請け負ったとしたら、どうだろう。