9.接点
9.接点
黒木は雅代が起こした事件のことがどうしても気になっていた。木下という男がどうして雅代のストーカーになったのか…。今回の失踪事件とは直接関係はないのかも知れないけれど、手掛かりにはなるかも知れないと思った。
森山と知り合う前、雅代は湯島の高級クラブでホステスをしていた。そこには階級が上の客もよく訪れていた。そういった客への対応に困らないよう、雅代は普段からあらゆる新聞や文芸誌までを入念に読んで勉強していた。
「綾さん、相変わらず熱心ですね」
開店前の支度部屋で雅代に声を掛けたのはその店で下働きをしていた若い男だった。“綾”と言うのがこの店の雅代の名前だった。
「木下君もちゃんと教養を身につけておいた方がいいわよ」
雅代はそう言って、自分が読み終えた雑誌を木下に渡した。
「いつもすんません。お礼に今度、飯でもおごらせて下さい」
「気持ちだけで十分よ。あなたの稼ぎじゃ、そんな余裕はないでしょう?」
そう言われると、木下何も言い返せなかった。
店が開くと、すぐに雅代への指名が入った。
「綾さん3番テーブルからご指名です」
雅代は陰からチラッと指名された客を覗いた。秋葉原で不動産業を営んでいる会社の社長だった。もう一人一緒に居る。雅代は鏡を見て身繕いし直してからホールに出て行った。そんな雅代を木下は羨望の眼差しで見送った。
黒木は当時、木下が勤めていたという湯島のクラブへ聞き込みに来ていた。
「ああ、木下ね。あいつもバカなヤツだよ。身の程も考えないで綾さんなんかに夢中になるから」
ホールの掃除をしていた男からそんな話を聞きだした。続いて、出勤してきたばかりのホステスにも話を聞いてみた。
「私はけっこう気に入っていたのよ。私たちにはよく尽くしてくれたから。でも、綾さんだけは彼を見下していたわね。なのに、そんな綾さんに夢中になっちゃうなんて…。ちょっと可哀想だったわ」
「あの、その綾さんってまだいらっしゃるんですか?」
「綾さんならもう居ないわ。絵に描いたような玉の輿に乗っちゃってさ…」