8.細工は流々
8.細工は流々
美紀は朝一の作業を一通り終えて古市と共に休憩室でお茶を飲みながらため息をついた。昨日、実奈美から聞いた話を矢沢にしたのだけれど、寿司をごちそうして貰えるところまではいかなかった。
意気揚々と矢沢を連れて寿司屋に行った美紀は実奈美と小山の関係を自慢げに話した。ところが矢沢は苦笑して美紀を見た。
「なんだ、そんな情報なんかとっくに入手済だ」
矢沢はそう言って勘定は別だと寿司屋の大将に告げたのだった。
「今度こそ有力な情報を仕入れて、寿司の分まで取り返してやるわ」
「何を取り返すって?」
美紀の独り言を聞いていた古市が興味深そうに美紀に話しかけてきた。
「そう言えば、あなたって森山さんの姪なんですってね。森山社長とも親しいの?」
「あ、私は永野の血筋なので。ま、社長さんとも面識はありますけど」
「そうなの…。だったらお願いがあるんだけど…」
いつも偉そうにしている古市が猫なで声で美紀に言い寄って来た。美紀は面倒くさいと思いながらも一応話だけでも聞くことにした。
いつも通りに出勤してきた木下は自分が担当しているラインの夜勤作業員との引き継ぎを終えると、通常業務を始めた。
森山は秘書の真理恵を伴い、自らの運転で工場の視察に出掛けた。運転手を使わなかったのは視察の後に人には知られたくない用事があったからだ。
午前9時50分。工場に着くと真理恵を連れて事務所へ向かった。
工場では10時になると交代で30分の休憩に入る。木下は先に休憩を取るためにラインを同僚に任せてその場を離れた。普段なら缶コーヒーを買って喫煙所へ向かうのだけれど、この日は一人で建物の外へ出た。外に出るとタバコに火をつけ、駐車場に停められている車を眺めた。
「ビンゴ!」
木下は薄ら笑いを浮かべ呟いた。そして、駐車場の排水溝の蓋を取り払い、中から箱を回収した。それは中身が濡れないように厳重にビニールで覆われていた。木下は箱の中身を取り出すと森山の車に近付き車体の下に潜り込んだ。作業を終えると、箱と箱を覆っていたビニールを焼却炉へ放り投げてラインに戻った。